九州には「目ゴミ取り」という職人というか、香具師が渡り歩いているという。
目に入ったゴミというのは、涙とともに出てくるときもあるが、いつの間にやらどこかへ行ってしまってゴロゴロしていたのが直ってしまうときがあるが、実はそのゴミがたまる箇所が瞼の裏にあって、そこに耳かきのでかいようなヘラを差し込んで掃除してくれるのだそうだ。
ドンドン出てくるのが実に気持ちが良いのだそうだ。
これは、美大時代に熊本出身の同級生○さんが教えてくれた話なのだが、福岡出身のn先輩に聴くと、「嘘だ、お前は担がれているに決まってるだろ」といわれた。
皆さん、洒落陶さん、やっぱり嘘なのでしょうか?
もう一つ長らく信じていたのが、クマゼミ(関東にはいない)は、図体がでかいから、反射神経が鈍くて、とまって鳴いている木を蹴飛ばすととっさに飛べずに、ボトボト下に落ちてくる。と言う話。
これには同級生の○さんも首をかしげていたし、博多の義母の実家に家内や娘達がいったときに実験してみて、クマゼミは普通に飛んで逃げて親戚のおじさんにだいぶ笑われたらしいが、つい最近やっぱりガセであることが判明した。
クマゼミ=木から落ちる、の記事を読んだと記憶している小学生のころ買ってもらった保育社の昆虫図鑑をつい最近掃除をしていて発見したのであるが、蝉の解説を見てみると、「とまった木をたたいたり、ゆすぶったりすると落ちてくる」のはクマゼミではなくて、エゾゼミであった、40年間間違って覚えていた。
図鑑の写真で見ると、エゾゼミ(上から2列目右端)もクマゼミ(一列目右から2つめ)に勝るとも劣らない、関東にいるアブラゼミとは格の違うオーラを放っているのでいつの間にか記憶が入れ替わってしまったのだろう。

ジャーというのはラスタマンの言うところの旧約聖書に出てくるヤハウェのことらしいのだが、エチオピア皇帝ハイレ・セラシェ一世((在位1930年11月2日(戴冠式が行われた月日)-1974年9月12日)をその化身とする、最近のレゲエは知らないのだが、七〇〜八〇年代のレゲエの歌詞にはよく出てきた言葉である。
サードワールドの、ヒット曲「トライ、ジャー、ラブ」(邦題ラブ、アイランド?スティービー・ワンダープロデュース)でも聴き取れる。
ラスタマン、ラスタファリズとは何か、少し長いが、ウィキを引用すると
「ラスタファリズム (Rastafarianism) またはラスタファリ運動 (Rastafari movement) は、1930年代にジャマイカの労働者階級と農民を中心にして発生した宗教的思想運動。」
「聖書を聖典としてはいるが、特定の教祖や開祖は居らず、教義も成文化されていない。それゆえ宗教ではなく、思想運動であるとされる。基本的にはアフリカ回帰運動の要素を持ち、エチオピア帝国最後の皇帝、ハイレ・セラシエ1世をジャーの化身、もしくはそれ自身だと解釈する。名称はハイレ・セラシエの即位以前の名前ラス・タファリ・マッコウネン(アムハラ語で『タファリ・マッコウネン皇太子』の意)に由来する。
主義としてはアフリカ回帰主義(またはアフリカ中心主義)を奨励した。その指向は、ラスタの生活様式全般、例えば菜食主義やドレッドヘア、ガンジャを聖なるものとして見ることなどに現れている。 1970年代にレゲエ音楽や、とりわけジャマイカ生まれのシンガーソングライター、ボブ・マーリーによって全世界に波及する。全世界に100万人のラスタファリ運動の実践者がいると言われる。」
>>>>>
15年ほど前、小生も人並みに結婚して、結婚式も挙げたのだが、明治神宮で式を挙げたが、その時に見つけたのが、物凄く精密に施工された木造建築の神殿の一室に、ガラスのケースに入って飾ってあったエチオピア皇帝、ハイラオ・セラシエ一世(と表記されていた記憶がある)陛下贈呈の冠。
ウィキによると、陛下は大の親日家で、明治天皇を尊敬しており、1956年の来日の折、明治神宮に奉納されたか。
金色の玉がいっぱい縫いつけてあるようなナポレオンのでかい帽子という感じであったが、写真がweb上で探してもないのが残念。
>>>>
ちなみに、なぜ明治神宮で挙式になったかというと、教会でやるガラでもないし、そうなると神前だべと思ったのだが、神社というのが意外にうるさくて、白無垢の和服でないとダメというところが多かったのだが、金がかかりそうだし、家内は170センチも身長があって和服で文金高島田では巨大になってしまうだろうということで、フルーティストしてある程度着慣れているドレスでもOK、服装が完全自由の明治神宮となった。
その日に一応銀座の和光のレストランで小さな披露宴もしたのだが、司会も含めていろいろと親身に世話をしてくれた、とってもお綺麗なホ*キ*の奥さんが「明治神宮の宮司は、ウルトラマンの着ぐるみでもなんでも着てきてください」と言っていたと言っていた。
話があちこちしてしまったが、最近、ホームセンターで世界遺産のDVDが売っており、エチオピアの世界遺産ラリべラ石窟教会群というのを購入して何回か見て感動し、またよく見ているビザンティン美術の画集にもでており、エチオピアと言うことでジャーの冠を思い出しこの記事を書いた次第です。
ラリべラ石窟教会群は岩山を掘り下げくり抜いて造ったキリスト教の聖堂であり、建築の木や石の部材の構造も模して彫ってつくってある。
勿論中にも入れる。
言わば、石で作った聖堂をモチーフにした具象彫刻である。
凄いし、不思議なものだ。
個人的には、普通はたくさんの部材を組み合わせて作るものを一つの岩から彫り出すというのは、意外にトリップ感のある、楽しい作業という面もあった気がするものの、大変な労働量であったことは想像に難くない。

パルテノンを思わせる教会。マトハネー、アーラム聖堂。12世紀

アマーヌエール聖堂。木と石を組み合わせての建築様式をかなり忠実に模してあるとのこと。

ギヨルギス(ゲオルギウス)聖堂を上から見たところ、まず上から岩を堀抜くのである。
穴に下りてから屋内にはいる。11世紀〜13世紀

中の様子、当初は壁画で飾られていたらしい。
ペーター、マリヤーム聖堂
最後に、独身時代に散々聴いたレゲエの巨人ボブ・マーレーの Stir It Up
誰もが認める傑作だと思うが、自分的にはビヨーンとか言う電子音が、しっかりと音楽の中に位置を占めて生き生きと聞こえるのも気に入っている。
おいらは、いつもインスタントだしメリタをレンジで温めて蒸気でふくらませるぐらいしか淹れ方のコツを知らないのだが、みんなが淹れるのが上手いと褒めてくれた、ニコスコーヒー。
美味い。

鈴木智師匠作のコーヒーサーバーにドリップして
このワンちゃんのサーバーは使ってみると出も切れもよく使いやすいし、本当に楽しい。
繊細さ、大胆さ、ユーモア、怪奇さ、優しさ、冷酷さ、等々、師匠の作品は、一見無造作ですが、複雑でいろいろ入っていて飽きない。素晴らしい。
蓋が1ミリ以下の遊びでピッタリはまるのですが、蓋のどこにも空気の抜け穴がない、よくよく探すと、ワンちゃんの足の間に小さく見えないように開けてある。
師匠の展覧会はこちら

スヌーピーのマグカップについで呑みながら、
このマグカップは裏のばあちゃんにもらった景品なのですが、呑みやすいし、適当に厚くて、頑丈で使っていて気楽で良いんですね。
自分のは、時間がかかりすぎてそんなにたくさん出来ないのでチャンとしたものは皆売りに出します、また自作は、いろんな事を考えて辛いので、お茶には使いません。
それに、おいらのは、よくも悪くも使う人に緊張を強いるようなところがある。
恐るべし、既製品の焼き物。

ベートーヴェンの運命を聞きつつ、
小生の持論と言うか推理なのですが、「運命」という曲は深刻でありつつも、実はおかしな、ユーモアのあるお笑い系の曲でもあるのではないだろうか。
そう言う、おかしみが割合感じられるのが、トタン屋根をひっぱたいているみたいだとよく思ったりするのですが、晩年のトスカニーニなのです。
ローマ時代末期〜中世初期キリスト教美術を画集で鑑賞する。それが、この頃の小生のささやかな楽しみです。
これは紀元後5cごろでローマの末期ですが、この時代を代表する作品としてよく画集等で紹介される名作(一説にはコンスタンティヌス帝の甥の像とか)ですが、紀元前5cごろのギリシアのアルカイクから古典期にかけての時期のもの(厳格様式期、 デルフォイの御者など)にちょっと近い要素もあると思うのですが、こっちはどことなく暗い。
前述のギリシアではより古い時代のなごりのようなニュアンスで自然に長閑に現れていた、写実とは少し由来の違うどちらかというと壷の模様に近いような髪の毛の処理、仏像に近いような動きの少ない硬い感じなどが、何か狂気とともに再び戻ってきているような感じがする。
人間が壊れて漏れ出てきてしまっているようなアブナイものが仄かにある。
美術全集(学研大系世界の美術6ローマ美術)の解説では、
「その時代的特徴というのは、なでつけられてまるく整った頭髪、長い卵型の頭、そして大きな瞳などで、(中略)その明瞭な輪郭と強い正面性の奥に秘められた精神性は、既に形成されつつあったビザンティン美術を予知させるものである」(辻茂)とある。

デルフォイの御者(ギリシア、紀元前5c)

しかし、ここのところ家内が2週間ほど寝込んでしまい、家事をしながら制作でかなり疲れています。
特に、洗濯がたまらなく億劫だ。
ガーデニングというたぐいのものにまったく興味なく、雑草が相当ぼーぼーに茂らないと気が付かないのであるが、、あまりに茂って、雑木まで生えて(元もと山だったところを開発しているので、一年で相当伸びる木が生える、切っても切っても根まで掘り返すのを省略しているので次の年になると生えてくる、切るとどういう訳かビタミン剤の匂いがするのでビタミンの木とよんでいる。)隣に塀を越えて枝を出したりするとさすがにお隣に非難されているような気がするので、気が弱いので草刈りする。当たり前か。
物凄く億劫なので、鎌だけは元木彫家の昔取った杵柄でビンビンに調整する。
真面目に研いでおくと、ほとんど鎌を持つ右手はつかれない、勿論、腰は痛くなるし、刈る時に草を握る左手は痛くなるのだが。
でこれが、刃物の知識では日本一といわれる、T刃物店で購入した自慢の鎌。

いわゆる伝統的な日本の打ち刃物であるが、刃先に見える鋼(はがね)の板と地金とよばれる軟鉄を鍛接してあるのが色の微妙な違いで見える。
鋼は薄く、大工道具よりはかなり柔らかいみたいだったがすぐ研げる、穂全体は厚く適度な重みがあるので、慣性力でザクッと切れる。
しかし、一カ所焼きが入っていないところ(写真で刃が凹んでいるところ)がある。=クモ?(炭素鋼のみで、今できの特殊鋼では出ないらしい)
グラインダーの熱で焼が戻ったと言うことはないと思うのだが。。
研ぎは、鎌は据え置き式のグラインダーでは柄が横に張り出しているし、刃渡りが長くてどこかにつっかえそうだし、凹面で難しそうなので、リューターと良くよばれるミニグラインダーにGC(グリーンカーボン)の小さな砥石をつけて荒研ぎ(大きな刃こぼれを削り落として刃の形を作る)し、セラミックの1000番の中砥の方を動かして水研ぎして仕上げた。さすがに、カンナやノミには必要な合わせ砥はかけなかった。
3時間ほどの草刈りで始業前に1回、作業中に1回計2回研いだ。
1回につき10分ほどづつ。
ちなみに、鎌に限らず、鉄を手で水に濡れた砥石に擦りつける感覚というのは良いもので、慣れてくると、砥面に真黒い鉄(鉄を黒金という)が下りて水に広がる感じ、砥石に刃物がなじみ手が安定し一定の角度で刃が丸くならずまっすぐに砥面に当たる感じ=切れ味の良い刃がつく感じがだんだん快感として分かるようになってくる。
これが、ステンレス、超硬合金(タングステンなどが入っている)などは固くて石の上でツルツル滑って安定せず何かその感じがないのである。
鉄というのは人類にとって身体でつきあえる友達みたいな金属だ、と研ぎをすると一人うなずくのである。
で、思い当たるのが我が家の台所のカッパ橋で購入した白紙鋼使用の高級料理包丁。
義母のために買ったのだが、重くて使いづらいと言うことで我が家へ。
ところが、何だかよく切れる感じがしない。
何しろ、、鋼が硬い上に厚いからだと思うのだが、研ぐのに物凄く時間がかかる。、炭素鋼(白紙)で同じ硬さであれば比較的研ぎやすいと言われているんですけれど。。。(それに対して、ニッケルなどが少量入っている特殊鋼(青紙)は失敗なく硬い焼き入れがしやすいと言うことであるが、比較的研ぎづらいといわれる。しかし実際は鋼の厚さや地金の質などいろいろの要素が関係しているみたいで、自分にはそれほど分かりやすくはない感じである)
だから、包丁は刃渡りも長いし、面倒になって、刃先だけ砥石にかける事になってドンドン鈍角になって切れなくなる。
刃物のためには摩擦熱があまり良くないのであるが、今度はグラインダーをバリバリ使ってチャンとした角度に刃をつけちゃおう。
木を切る彫刻刀などが30度くらいだから食品向きには20〜25度くらいだべな。
以前に使用していて、付け根が錆びて手元から折れてしまった安物は、身が薄くて鋼が柔らかいので、すぐ研ぎ上がるし、柔らかい事が大きいと思うのだが砥石に良くなじんで良い感じの刃がつきやすく、頻繁に研いでいたが、物凄く切れた。
何しろ、ネギの小口切りをしていて気がつくと、左手の爪を千切りしていたり、指の皮膚の表面だけ削りとっていたり。
しかし、しばらくするとパタッと切れが止まるのでまた研ぐという感じである。
刃物の師匠I氏に聞いたのだが、良く切れるのが良い刃物ではなくて、一度研ぐと長く切れるのが高級品であって、研いだ直後の切れ味は、普通に町の金物屋で売っている柔らかいものでもほぼ同じなのだそうだ。使いやすい力の効率がよい形の問題は別として。
で、板前や料理好きのオヤジは自分も含めて調理器具専門店に売っている青紙1号だの白紙2号だの鋼材の銘柄が明示されている高級品が欲しくなるが、そう言う高級品は固いので、ちょっと鋼が厚かったりすると砥石になじみがたく切れるように研ぐのが難しいし、研ぐのに時間もかかるし、そもそも食品は木と違って柔らかいものであって、それを切ってもすぐに刃が切れなくなることもないからそんなに固い鋼である必要がないということになる。
だから、安い包丁を頻繁に研いでいたほうが、研ぎの練習も出来るし、いつも切れる状態で包丁を使えるということになるのである。
世のオヤジ諸君!
高い包丁の、切れそうなイメージに踊らされる事なかれ。といったところである。
最後に木彫家時代の道具をいくつか。
2点とも知る人ぞ知る伝説の名人鍛冶「清忠」さん。
純粋の炭素鋼らしいが非常に硬い。鋼もやや厚めで自分にはそれほど研ぎやすいとは言えないが、この硬さにしては研ぎやすいとみんな言っているので頑張って研いでいた。
ノミなどは包丁とは違って刃渡りが大きくても一寸四分ぐらいまでだし、手で研いでもそれほどは時間がかからない。
刃先を曲線に研ぐのは木彫家に独特の研ぎ方で蛤刃という。凹面などをさらうときに便利。


砥石(仕上げ砥=合わせ砥)
天然の仕上げ砥は一つ一つ全然違うが、これは気むずかしい砥石で中砥がピタッと決まらず丸刃だと刃先に砥石がかからなかったり地金がジャリッと引っかかる感じしたりしたが上手くかかると刃物が非常にキレイな色に研ぎ上がる。
上の切り出しは多分この砥石で仕上げている。
切れ味的には、理屈にあった研ぎ方をしていれば、セラミックの仕上げ砥で十二分に切れるようである。

幼稚園の次女のクラスメートの父親など大体30代中頃ぐらいまでで、自分から見ると子供っぽいぐらいで、(それに対して母親はしっかりしていて随分大人だ)どうも、女だらけの参観日など、たまたま休みであっても恥ずかしくて来れないという話も時々聞く(それでも稼ぎは自分より上だったりするのだから侮れないのだが。。。)が、そこは50がらみのオヤジであるワタクシ、気が弱いとは言っても年の功と安心感で結構母親達とも冗談を言い合ったり出来る、人気者とは言えないかもしれないが、すくなくとも自意識でガチガチになるということはない、人嫌いの自分としては例外的に楽しいのである。
なんと言っても、これからまだまだ子供を産みそうなホルモンがムンムンしているところはワクワクするのである。
実際は、少子化の時代、それほど生まないのではあるが。。。。
幼稚園は、保育士の養成に10年近く関わったので、若い女性保育士の気持も理解できるつもりでおり、自分の娘みたいな年の先生とお話しするのは実にたのしかったが、親しくなった先生には元短大幼児教育科美術非常勤講師の過去をさりげなく話してあるのは言うまでもないイヤらしいオヤジであるところのワタクシである
ちなみに、エプロンをつけてたくさんの幼子の世話をする若い女性の姿は非常に男心をそそるもので、教え子達は、気の荒いやつ、意地の悪いやつもいっぱいいたが、例外なくもてるようだった。
そう言えば、死んだ父も、ことあるごとに私の通う木造校舎の小学校に赤いシャツを着て現れ、ある時など、クラス全員の児童・母親の前で「ここにいる女の人を全員裸にしたら面白いだろうな。アハハ」と言い放ち、お母さんがたの嬌声と小2の私の赤面と絶望を誘ったものだ。
穴があったら入りたいとは、このことであったが、お母さん達が怒らないのが不思議でたまらなかった。
その後、友達に「お前のお父さん、お母さんの裸の彫刻を作っているんだろう」とはやし立てられて閉口したが、今思うとあれが伏線だったんだな。
その頃は、エロ雑誌の切り抜きを見て売り物の小品の裸婦は作っていたがお袋はモデルにしてはいなかった。
言い出したのは、川向こうの教育熱心なこざっぱりした家の身体のでかい倅と記憶しているが、以前同窓会で会ったが、有名国立大学の教授になっておった。
数年後、小学校高学年になって本当にお袋の裸の写真を撮って精密に木に写す彫刻を作り始め「やっぱり」と目の前が真っ暗になったが、「あいつは、先見の明がある鋭いやつだな」と未来の教授氏のことを妙に感心したのを覚えている。
エレクトしたちんちんの付いた壷で自分の娘がいじめられないよう注意しようっと。
また、父は道で偶然あった幼稚園のグラマーな先生の一人暮らしの部屋まで、卒園後の自分(小1)とノコノコついて行き上がり込んで、帰宅後母親の激しい怒りをかったりしたこともあった。
ちょっと前のことであるが、私は近所の公園に植物を取りに出掛け、それを教室に持ち帰って、親が手伝って画用紙に貼り付けて押し花の絵を作るという小学校1年の娘の授業参観にいった。
大勢の子供と母親の中にいる一人の男ワタクシとしては「ボス猿」の本能が目覚めて、自分の娘はそっちのけで、群れの安全と平和が気になるらしく、母親の来ていない子供の面倒を見たり、場が和やかになるよう、つまらない冗談を言ったりする。
特に男の子の母親は自分の息子に夢中で、子供の作品を母親がほぼ作ってあげてしまったりするのだ(このときは、母親が来た男の子の絵だけに、植物で出来た具象物、お家や顔がカワユク出現していた。一人っ子のおいらもあんな風に母親に可愛がられて育ってきたんだな。)が、ウチの娘は、どこの子供でもある程度そうだと思うのだが、男親というのはそういうモノであるということを本能的に分かっているのだろう、放っておかれても別に平気である。
そういうときの冗談は、遺伝というのは恐ろしいモノで、艶っぽいのが口から出そうになるのだが、そこは女の子だし子供のころのトラウマが生きていて、今のところイヤらしいのは一度も言ったことがない。
それが出せればもっと盛り上がりそうなときも時々あるんだけれどなー
おしまい
食事を減らしても、あんまり体重が減らないと言うことは、元もと痩せていたのだが、以前は長時間労働と情緒不安定に食べ過ぎ、呑みすぎが加わって相当不調だったと言うことだろう。
大体、よく「疲れているね」と言われていた。
酒は、ある先輩から、あまりに美味しい日本酒を頂戴し、4日ほどかけて大切に頂いたのだが、呑み終わると、ついこの間までのように、安酒をがぶ飲みするのがバカバカしくなってやめてしまった。
それでも、あまり調子よくなったと言う感じでもないが、気を付けないと10年くらいの内に死んでしまう気がするので続けることにしている。
(父は58で最初の癌手術、母は50くらいから、抗鬱剤の海を延々泳ぎ続けていた。)
節約にもなるので、自分へのご褒美ということで、ここのところ何点かCDを買った。
そのなかで
まず、高橋竹山。

youtubeはこのレコードの後、渋谷ジャンジャンでのライブ。
実は、この音源はLPで20代のころ聞いていたはずなのだが、カリスマ的な風貌に名声と伝説は凄いのに音は何だか迫力なくて意外に軽いなという印象でそれほど感動した記憶はありません。
最近も多分、かなり晩年の録音だったのだと思うのだが聞いて何とも弱々しいという印象で、最近の若い人の勢いのある演奏の方が好きだったのだが、この音源をたまたまyoutubeで久しぶりに聞いて自分の馬耳東風ブリを恥じました。
まず、人様を圧倒してしまおうという態度がないのは、芸人として上品というか最高に上手くないと出来ない事だろうと思うのだが、一番感じたの抽象的な言い方になってしまうのですが、全体が柔らかい構造になっていて、すべての音、フレーズがキッチリというか、皆役割を持って必然的にその場所に息づいているという印象を受けました。
欲しくてたまらなくなり、急いでこの史上初めての津軽三味線のレコード一番上に上げたジャケットの「源流ー津軽三味線ー高橋竹山」を急いで購入したわけです。
で、竹山を聞いてふと思い起こしたのが、突飛かもしれませんが、ドイツの往年の名ピアニスト、ウィルヘルム・バックハウスです。
鍵盤の獅子王、ドイツの正統とか言われて、いかめしいイメージですが自分が聴いたところでは意外に軽やかで、華奢というか繊細というかそんな印象があります。
全体がガッシリしていたり、ガンガン迫ってくると言うのでなく、細身でしなやかな全体の流れの中に、ゴツゴツした岩みたいな表情がポコポコと見えるという印象です。
一つだけリンクしておきますので興味のある方は聴いてみてください。
ベートーヴェン作曲、ピアノソナタ29番、op106です。
特に、この曲の最終楽章は、ベートーヴェン晩年によくあるフーガなのですが、どの演奏を聴いても自分にはなんだかよく分からないばかりか、同じような固いピアノの音の洪水が延々と続き神経に応える(弦楽四重奏曲のop133の大フーガはもう少し楽しめる)のですが、バックハウスの録音だけは何だか弾力があって生ている感じがして自分にもちょっと分かる気がしたので。
http://public-domain-archive.com/classic/download.php?album_no=105
このサイトに、ブラームスの2番の協奏曲のふるい方(1939年)のベームと競演した録音があるのですが、何だか表情が細やかで豊かな良い感じですので自分は気に入っています。
http://public-domain-archive.com/classic/download.php?album_no=282
蛇足ですが、最近の私です。

足、早いシッ!
遅刻するシッ!
この、語尾にシッ!をつける話し方を、小学生の娘らが盛んにする。
これは、2003年ぐらいのころであったが、短大の非常勤講師をしていて学生が話すので気づいたのが最初であったが、この語尾に「シッ!」をつける若者は、それまで蔓延していた半疑問形を使わない。
半疑問型を最初に聞いたのはテレビで生前の本田美奈子の話すところであったから相当昔だが、その時は、日本語に自信のない在日欧米人が単語を正しいかどうか日本人に確かめながら会話しているのを真似しているようだと思ったのだが、はやり出すとどうも気取った感じがしてあんまり好きになれず一度も使ったことがない自信があるのだが、圧倒的スピードで学内から半疑問形を駆逐した「シッ!」は好きで美術講師の自分も取り入れ「先生は、あつしだシッ!」とかいって結構学生にうけたりしていた。
しかし、最近の「シッ!」はさらに進化していたのでビックリした。
まず、命令形にもつく。
見ろシッ!
食べろシッ!
茨城県に来てなまったのだろうか。
何とも田舎臭い。
疑問代名詞(だっけ?「だ」は助動詞か?)にもつく。
なんでだシッ!
これに、不満の聞き返しの語句「は〜っ?」をつけて、
はっ?、何でだシッ!
にもする、実に感じ悪いが、便利なので家内の命令(ごみ出せ、掃除しろ、洗濯物を干せ等)に抵抗するのに使っている。
どうも書く種が無くて、、何回か書いてはみていたのですが、何書いても面白くないので、ご無沙汰でした。
今までで書いてて一番開放感があったのは、自害した有名彫刻家のオヤジのことでした。
まあ、自分で書く分にはなにか、癒やされる感じがあるのですが、他人から話されるとやっぱりトラウマでいきなり切れたりして、人格を疑われます(笑)
で、ここのところ、石膏の吸水鉢(泥状の緩い粘土の水分を吸い取る道具)を作っていた。
昔木彫ばかりしていた頃、刃物を研ぐのにはまっていて、ちょっとイライラしたり迷ったりネガティブになると、砥石に刃物を擦りつけて気持ちを落ち着けていたが、同じようにこのところロクロが好きになってきた。
以前は嫌でたまらず、東京美術学校(今の芸大)木彫卒の板谷波山みたいにロクロは職人さんにやってもらうのが理想であったが、ここのところは、今でも、寝ている方が好きではあるが、仕事の中では気持ちが落ち着く工程になってきた。
いろいろの形を能率良くきれいに出すにはどうしたらよいか、あれこれ考えて試すのが、以前よりは自由にロクロが扱えるようになってきたせいもあって割合楽しい。
同じような器を少しずつ変えて、10も20も試作する。
とは言っても、最終的には模様で勝負の銀なので、一応神経が行き届いたスキのない形であれば良い、器の形ですべてを語ろうなどとは(自分の芸風では彫刻家時代も含めて、ロクロ一発ぐらいのシンプルな作業ででうまく出来た試しがほとんどない、技術的な未熟さもあるが、多分落ち着きが無くて、強欲な事も関係している気がする。)考えていないので気楽でもあるのだろう。
答えは、染めつけなどの模様の時に出すから、ロクロでは芸術性はそれほど追求しない。
というか、追求できない。
それで、ドンドン磁土を使うのだが、水挽きがそんなに上手いわけでもないのに、薄いのが好き(本日素焼き前のティーポットをうっかり握りつぶしてしまったのだが、厚さが1ミリぐらいしかなかった、いくら何でも薄すぎ、焼くときに支柱で支えないと歪んでしまッて蓋が閉まらなくなってしまだろう。)なので、生乾きの時に行う削りという工程(逆さにロクロに据えて高台を削り挽き出す)の時に全体をもう一度旋盤のように削って薄くするので、大体の陶芸家諸兄よりもかなり大量の(使う磁土の半分以上)削りくずが出る。
大体今、400㎏ぐらいはたまっているのではないだろうか。
それをまたロクロにかけられる磁土に再生するのには、(師匠には真空土練機を買えと言われているのですが)一度水に入れてとかし完全な液体にした後、細かい篩を通して、混入してしまったゴミ、鉄粉(磁器の白い生地に黒い点として焼き上がりに出てくる、よっぽど注意してもどこからかやって来て入ることがある。)を取り除いたあと、ポリバケツに入れて2ヶ月ほど寝かして沈殿させ、上の水をとったあと、最後に素焼きか石膏の鉢に入れて水分を吸い取った後また練って粘土状に再生する。
この最後の脱水に、今までは素焼き(植木鉢のような低温焼成)の鉢を作ってやっていたのだが、鉢の身が薄い(あまり厚く作ると焼くときに割れてしまう)ためだと思うのだが、なかなか水を吸ってくれず3週間もかかっていた。
そこで、焼成ではなくて化学変化で硬化するので分厚くできる石膏鉢である。
1週間で脱水を終えられると予想しているのだが?
粘土再生用の石膏鉢は売ってはいるのだが、買うと30cmぐらいの径で10cmほどの深さのの浅鉢形のが6000円もする。
容積が小さいので、7個はないと仕事にならないだろう。
あれは、たくさん備えて少しずつ入れて持ち上げて棚に立体的に並べるので小さいのだろう。
しかし、銀のアトリエは父親が等身大の木彫を同時に何体も作れるようにバブルに乗じて作っただだっ広いもので、場所は充分なので、床置きのでっかいやつをどんと3個ほど作って一生分にしてしまおう。(一生分といっても、あと20年もロクロが出来るほどの体力があれば御の字だ。)
腰も父譲りで割と強いし、元彫刻家なので重いものは今のところあまりこわくない。
持ち運びに困ったら、下にキャスタをつけるか、彫刻用の頑丈な台車の上に置きっぱだ。
泣き所は洗うときに重くてやっかいだろう。
前置きが長くなってしまいましたが、これが出来上がった吸水鉢です。
内径が訳30センチ、厚さは5センチはかるくある。
深さは手前のが一番深くて30cm、真ん中のはミスで底が異常に厚くなってしまい20cmぐらい。
大体重さは、17〜20㎏ぐらい。
石膏を3つで粉末を45㎏消費した。約1万1000円也。
(
石膏というのは、石膏粉1を容器に入れた水0.75に入れ撹拌するとすべて反応して5分後には固化をはじめる便利なものだ。その水0.75の分が反応後、細かい穴になり水をよく吸うらしい。水を入れるのに化学反応で触るとかなり暖かくなるのがちょっと神秘的で嬉しい。ちなみにA石膏の方が特石膏より水をよく吸うそうです。)

漬け物バケツの底を抜き、余計なリブなどを鋸で切り取り彫刻刀で仕上げて型にしている。
側面の一カ所を縦に切ってあり、そこをガムテープで留めておいて石膏を流し込み、固まった後ガムテープをとってはずす。写真ははずしたところ。
樹脂製の漬け物バケツに弾力性があるので、一部重ねて留めると径を小さくできる。
口縁部が出ているのは、下の部分に外型をそうやって径を小さくして流し込み硬化後、上だけ広めてセッティングし直して流し込んでいるから。

下の写真は、最初の写真の真ん中の吸水鉢の製作途中だが、中子(内型)のなかに一番最初に流し込んで作った底が見える。
底が固形化した後、中子をセッティングして中側から粘土で止めて次ぎに流し込む側面の石膏が中に流れ込まないよう、また中子が浮いてしまわないようにするのだが、側面の石膏が固まったのではずしてある。
中子が高く、外型より上に出ているのは、中子を止める粘土の量と接着が十分でなく、側面に液状の石膏を流し込んだ時に、中子が船のように浮いてしまい、仕方がないので中子をとっさによけてそのまま固化を待ったので、底がさらに厚く10センチを越えてしまい高くなったから。
そのあと再度中子をセッティングした。
底が厚い分吸水がさらによい!
といいのだが、、、

ところで、この吸水鉢を作るのは、実は半年も前から計画を練っていた。
最初は粘土で伏せた形の鉢を作り外側に石膏を手で少しづつかけていき、硬化後中の粘土をとって鉢にするはずであったが、ヘラで身に空隙が出来ないように塗り重ねる(空隙があるとそこから石膏が欠けてねんどにまじってしまったりする)のが非常に困難なことをやってみて思い出した。
一番良い状態の数分しか良い状態に塗れないのだが、ドンドン固化するのが良く撹拌した石膏であり、余程少しずつ溶かないと塗らないうちに固化が進んでしまい無駄ばかり出るのだが、石膏というのは、ゆっくり少しづつ一分もかけて水に入れないとダマになるし(荒い篩に粉末を通すのが正解だ)、2分沈殿を待って、そのあと5分撹拌しないと充分な硬度がえられないし、容器をいちいち洗わなくてはいけないから、少しずつ多くの回数を溶くと時間が何倍もかかってしまう。
あまりの大変さにうろたえて、急遽この漬け物樽のかたを作る方法に変えたのだ。
ちなみに彫刻で型どりなどのために石膏を使う際は、一度に大量の石膏を溶いて流し込む型を作るには形が不規則すぎることが多いので、そのように少しずつ溶いて辛抱強くヘラで塗りつけていく方法ですることがほとんどである。高価なわけだ。
死んだ親父は、時間を省くのと、硬化をスローにするためにあまり撹拌しなかった。
半年の構想と、土まんじゅう3つ一日分の労働、石膏約2キロの無駄はナマな銀にはかなり応えて家内にやつ当たりたのは言うまでもない、新しい方法についていろいろ考えたり、失敗に不安になったりで情緒不安定になって、夜眠れなくなり、胃がかなり悪くなった。
染めつけなどの模様について思い悩んで眠れなくなることはないのだが。。。
しかし、自分が家内に八つ当たり気味に愚痴った際に、家内が大まじめな顔で提案してきた方法は、ドロドロの石膏が固まらないうちに中にでっかい健康ボールを中子・内型として押し込み、硬化後空気を抜いて除去すればば一発!という実現は難しい(空気が密閉されたボールを液体の中に固定するのはすごい力で浮いてくるから至難の業だ)ものであったが、漬け物樽を切って作るという方法のヒントにはなった。
さすがかあちゃん!
ついでに、「漬け物樽を切って型にするなんて凄い!誰も思いつかない発想。厚さんは優れている!」と褒めてくれた。

こういう高さ40cmもある土まんじゅうをヒモ作りで3つ一日かけて作り、一個には石膏を2㎏ぐらいかけて挫折したのだが、ヒモで土まんじゅうというか塔を作るのはなぜか実に楽しかった。
急に陶土で、ヒモ作りのレリーフ状の模様のついた大壷を作りたくなり、ジョイフル本田に追加の石膏を買いに行くついでに信楽の並濃し粘土20㎏を購入してしまった。
磁器のロクロを思いっきりするために、削った粘土を再生しようと、吸水鉢を作り始めたのだが。。。。
大きさは売っているのの5倍も容積がある鉢ができたし、最後は要領が良くなって、縁だけ厚くするなどと言う器用なことをやっても3時間で仕事を終えたが、全体では4日もかかってしまったし、石膏もかなり使ったし(45㎏のうちの約5㎏は、とくときの分量を間違えたり、錆びたボールを使って鉄が入ってしまったりして使えず庭に捨てたというかイライラしてぶちまけた。また2〜3㎏は間違った技法、溶きすぎなので泣く泣く無駄にした。イライラ、泣く泣くの罰が当たってクビの後ろに大きなおできが出来てしまった。)、物凄く疲れたので、一つ6000円も高いとは言えないと思いました。
なお最後になってしまったのですが、上述の磁土再生法はすくも窯さんのHPで教えていただいた方法です。
>http://www.geocities.jp/sukumogama/index.html
すくもさんのHPの磁器の技法講座は、陶器は随分とあるのですが磁器では書籍も含めて私がみた中でもっとも厳密で大系的なもので素晴らしく、非常に勉強になりました。
この場を借りて御礼申し上げます。
下は、最近挽いた大鉢、大皿(挽いたときは50cm以上あった)ティーポット、みずさしなど。
明日素焼きなので、本日は窯詰めしています。でかいので難しいです。
久しぶりなので、たまっていたらしく文章が長くなってしまいました。。

ご注文をきっかけで仕事していますが、失敗にそなえてや、自分の興味で結局相当の量の作品が出来上がった。
ご注文の皆様、本当にありがとうございました。
そして、たいへん長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。
まず、木灰の透明釉の茶碗。
シンプルなものはやってて実に落ち着かなくて辛いのですが、まあこのタイプはいくらかましかもしれません。
長石でなくて陶石でやっているのですが、多少乳濁する感じとマットな感じがあり古伊万里風かもしれません。
陶石は850℃で仮焼し施釉時のぼたつきを抑えてあります。

同じ木灰の釉の茶碗を2点。



次ぎに普通の石灰釉のものをいくつか。
一番上のは、いつものマンガンや鉄分の多い昔風のゴスでなく性能の良い今出来のゴス。
制作中非常に迷って、出来上がりも曖昧な気がしたのだが、焼いてみると限界まで頑張った感じはして後味悪くはない。





次ぎに角皿
四角はは何年かぶりで億劫であったがやってみると新鮮でアイディアがドンドン湧いた。
内容的に、多少怪奇なものだが、優れた美術家の方のご注文と言うことで好きなようにやらせていただいた。



次ぎに、カップ・ソーサー
銀窯鈴木厚の中では、一番の売れ筋商品。
自分で思うには、私の模様はかなりタイトで入りづらい感じだと思うのですが、取っ手がついて左右対称でなくなって、少し動きが出て開放感があるのではないか。
同じ系統のアザミ、ヒマワリの模様を数限りなく描いたが、その分完成度は高くなっていると思う。
しかし、描くときに新しい模様に挑戦するときと違って、故意に自分をむち打って集中しないととたんに弛んだ絵になってしまうので、定番の模様が楽と言うことはない。






次ぎに酒盃2点
ひょんな所からかなり安価で注文を受けるはめになってブーブー言っていたのだが、やってみるとなぜかドンドン形が出来てきて、楽しい仕事になった。


ところで話は飛ぶのですが、一昨日家内のコンサート形式のコンクールに応援に行ってきたのだが、演奏の内容はさておき、出演者がガチガチに緊張していて、その人の癖が露骨に見えるギクシャク変な身のこなしが出てくるのだが、それは西洋の正装たるドレスを着ると何か生々しく痛々しい感じになり見ていて疲れた。
なんか、タプタプのお腹とか、二の腕のお肉とか、鎖骨の埋もれ具合とか、頭のでかさとか脇の下のシワとか短くて細すぎる腕とか下がったお尻とかがやたら、眼につく。
しかし、それはそれで、そそるものがあるし、どうもそう言う変なものはとても他人事とは思えないんだな。
敢えて言えば、自分はそんなものを愛して芸の種にしているんだな。。。
だけれど、クラシックの演奏家はそう言うわけにも行かないだろうから、本番前に衣装を相談されたときに、本人はドレスを着たかったみたいだが、「東洋の衣装たるアオザイにしなさい」と強引に勧めてそうしたが正解であった。
あるお客様に、「他に物凄く完成度の高い仕事はあると思うが、貴兄の仕事が好きなんだよね」という嬉しいお言葉を頂戴したが、どこか関係ある話のような気がしたので書いてみた。


平茶碗

小皿

平茶碗
先日、アップした下絵付けの本焼成を終えました。
この間の状態に、石灰透明釉を掛けて、1275度(SK9完倒)で還元焼成(不完全燃焼)。
予想以上に色がでて、嬉しい。
透明な釉のガラス層の底に色が発色しています。
自分の作品にしては随分と見やすい。
下絵付けにするか上絵付けにするかで迷っていましたが、断然、下絵付け(釉下彩)に決定。


ぐい呑み
上のが下絵付け(釉下彩)の最初。今までの染め付けにただ色をのせただけの感じ。
下のは二つめ。
少し、様子がつかめてきた。単純な仕事ですが、色を感じ始めてはいる。ただ、まだ2色しか使えていない。
以下同じ窯の青磁と染め付け。
青磁はいつもの自作の木灰だてに変えて鉱物質の釉を某所で購入して使用。
意外に良いが、磁土が瀬戸のもので蛙目粘土(チタン分がある)が入っているためと思うのだが、微妙に灰色がかっている。
しかし、安定しているし魅力的、これからはこの方向の釉でも制作してみよう。
染め付けは、いつもの昔風の鉄分やマンガンが多く含まれていると思われるものでなくて、
色の安定した高性能のゴスを使っている。
自分的には細かい線が描いたと同じに出てくるので、こっちでも良いと思うのだが、家内に「厚さんの絵は、ただでさえ強いのに(ぎらついているのに?)こんなに色がハッキリ出てはウッと来てしまう」と言われた。
いつものゴスは、多少筆が引っかかる感じがして描きづらい上に、ムラが出やすいが、釉への滲み方に良い表情があって気に入ってはいる。
(染め付け平茶碗、角皿、カップ・ソーサーなどはお納めしてからアップいたします。)

青磁小皿

染め付け小皿

家内のフルーティスト鈴木祐子出演のコンサートです。
音源審査通過者によるコンサート形式のコンクールですので、真剣な演奏が楽しめるかと思います。
(結果は後日発表)
第40回TIAA全日本クラシック音楽コンサート
2009年5月3日
開演13時30分(開場13時)
東京・サントリーホールブルーローズ(小ホール)
〒107-8403 東京都港区赤坂1-13-1
TEL:03-3505-1001
[南北線]六本木一丁目駅(3番出口)徒歩約5分
[銀座線・南北線]溜池山王駅(13番出口)徒歩7〜10分
全席自由 前売り4000円 当日4500円
チケットお問い合せ
東京国際芸術協会 03-3809-9712
東京音楽院 03-3822-7412
ですが、ノルマがありますので右下のメールフォームから当家にご連絡くださると、非常に助かります。
(チケットをお送りしますので、会場の鈴木厚に当日清算)
家内の曲目は
スパーク作曲
リンディスファーン・ラブソディー
ピアノ:河上薫
午後3時頃からの演奏予定ですが、棄権者が出ますと早まるので、お早めに。
最近の家内の演奏は、以前の歌うことに重点を置いた多分に天分と人柄におっているような天真爛漫な感じに加えて、より引き締まったスタイルになり、奥行きと情報量が増したように聞こえます。
本人の努力もさることながら、非常に才能あるピアニスト河上薫さん(ジャズやレゲエまでも演奏する視野の広さがあります。リトル・ルガンスキー?)との出会いが大きい。



最近、色を使った模様をやっている。
この上に透明釉を掛けて本焼成するのですが、どういう発色をするのかよく分からないので、写真を撮っておいた。
この絵の具は染め付け用の絵の具である呉須(ゴス)でお世話になっているK絵の具店製ですが始めて使った。
所謂、釉下彩=下絵付けで、素焼き素地(磁器土を800度ほどで焼いたもの、釉を掛けて1280度ほどの本焼成をして製品に仕上げる)に描く。
これから本焼成ですが、焼き上がりを見て、釉を掛けて本焼成した後に描きもう一度低温で焼き付ける上絵付けを始めるか、染め付けと同じ感覚で出来る釉下彩を続けるかを決めようと思います。
色を使うと、自分にしては割合シンプルになるのが不思議です。
私は、染め付けや彫刻など、モノトーンの技法でやると、いろいろ細部が細かく入り組んだものをやりたくなるようです。
そういえば、昔二〇代に、油絵で100号もある大きな絵をかいていましたが、その頃は、出来上がるときは、画面にあった余計な部分を塗りつぶして、要素を絞って出来あがる事が多かった。
日本画家の母によく「前の方(いろいろゴタゴタ画面にあったときの方が)複雑で面白かった」と言われていましたが、自分は「チョンモリまとまっているのが好きなんだ」と意に介さなかった。あまりにとりとめなく見えた当時の現代美術への反感もあったと思う。
二〇代の油彩をいくつか。
今見ると、あまりに無防備で素人臭く、全然評価されなかった理由がよく分かって痛い。
「何かつかんだな」と思うと、何か貧乏くさくなるというか、華麗なところが一つもなくなることを宿命のように思っていた記憶がある。
現在もあまり変わっていない気がする。
「海辺の犬」2m60cm×2m油彩、キャンバス

「バカ息子」2m50cm×180cm油彩、合板

「ゆーことゴムの木」100号S 油彩、キャンバス

「ママしむら」100号F 油彩、キャンバス

「人垣」大体2m×80cm 油彩、キャンバス

下の2点は優れた美術家でもある友人二人が買ってくれた作品です。
随分昔ですが、ありがとう。とっても勇気がでました。
あんな大きい絵を借家で持っているだけで大変ですよね。
亜欧堂田善 約180c×1m 油彩 変形キャンバス

君子 100号F 油彩、キャンバス

天目(油滴、木の葉)の名作があったが、写真で見るより非常に小さいのだがくっきりと瞼の裏に残っており、多分物凄く素晴らしいものであったのだろうが、今の自分に文章にそれを分析する能力はないし、よく分からないからこそ今愉しく焼き物が出来ていると思っている。
彫刻家時代は、あまりに名作を研究しすぎて苦しくなっていたと言うことが今思うとあるのだ。
しかしこの頃では、いつも一緒にいるには強烈過ぎるのであるが、世の中に絶対いて欲しい信頼できるお友達という感じで、ほんの一分ほど良い彫刻の前に立ち止まるのが楽しみである。
というわけで、東洋館で天目を30分ほどじっくり勉強したあとに、本館の彫刻室で、今までに写真でも見たことのない素晴らしい仏像を見た。
どういう訳か、町工場の印象が強い「大田区」がもっている十一面観音立像。
ネットで調べてみたが、来歴、画像等も見つからず、重要文化財の指定もない。
しかし、十分に国宝のレベルと感じた。
奈良時代の2mちかくの木心乾漆の立像であるが、おろした方の右手が異様に長く、波線状の衣服の表現が印象に残っている。
奈良時代とあったが、、天平最盛期によく感じる例えば東大寺三月堂の四天王像や金剛力士像のように晴れ晴れとした、若々しくバランスのとれた感じに較べて、かなりゴタゴタして翳りがあり、平安初期(貞観、弘仁)の仏像達に近い印象であった。
個人的には縄文土器のような日本列島に太古からあった要素が再び唐様の影響がやや薄くなった時期に再び幽霊、怨霊のように現れてきている彫刻と解釈した。
所謂、貞観、弘仁仏というのは奈良時代、天平期(よく中国の影響が強いと言われる)と藤原仏(例:平等院鳳凰堂の阿弥陀さん、和様)の堂々とした仏像の時代に挟まって、不安定な中で暴れている感じがあって自分にとっては魅力的な時期だ。
他に、始めて見たものに、同じく無指定の山梨の5大明王像(平安時代・11〜12世紀)5体全部そろっているがこれもかなりよかった。
あまり一般的にはなじみがないが大名作と自分が思うところの醍醐寺の5大明王(平安後期?)に似た印象。
時期的にはかなり下がるのであるが、奈良京都から離れているためか、平安初期を感じた。
岩手県成島の毘沙門天像が時代が下がっているにもかかわらず、小生には貞観仏の匂いが感じられたのと同じように。。。
ただ、中尊のお不動様は文句なかったが、まわり明王像のいくつかの顔が多分修復のためかと思うのだがやや不自然な印象を受けた。
これらの展示は4月12日までとあった。
http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=B07&processId=00&event_id=5923&event_idx=1&dispdate=2009/03/21

以下は醍醐寺、五大明王像から


テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術
家内は外出が多く忙しすぎてあんまり構ってくれない。
ここのところ凝っていたのはバッハのチェンバロ演奏。
チェンバロ演奏というのは、どれを聴いてもチャンチャラ、チャンチャラして大して違いが分からなかったのであるが、同じ曲をいろいろな演奏で聞き比べてみると、音痴の私でも違いが多少分かって愉しい。
まず、エイズで早世した天才と言われることも多いスコット・ロス
なんだか、チェンバロ演奏でよく感じる事の多い抹香臭さというか、古い家具みたいな感じ(それはそれで良い感じであることもある)がなくて、とっても爽やかで、生き生きストレートな感じを受けた。
この音源と思われるCDは洋盤を注文済みで到着を待っている状態。
次ぎにグスタフ・レオンハルト
同じイタリア協奏曲。
こっちは、何だかグネグネグネ入り組んだ感じ。
スコットロスの方は、性格の良い演奏という感じがしたのだが、こっちは気むずかしくて暗い。でも、自分はいろいろの要素がいっぱい入っていると言う感じがして、面白いので、つい何回も聞いてしまう。
フルート演奏家の家内は「このクネクネする妙な間が嫌だ」と言っている。
美術でも変に見る人を幻惑して内容がありそうに見せるペテン的作品が山ほどあって、評論家やジャーナリスト達を上手に騙すので大嫌いだが、そうい臭みが同業者からするとするしてしまうのだろうか。
ちなみに家内は大交響曲の作曲家ブルックナーも仰々しくて嫌だと言っている。
次は、この頃よく名前を聞く、アンドレアス・シュタイアー
イタリア協奏曲は見つからなかったので、パルティータの1番。
こっちは、言わばレオンハルトを少しソフトにしたみたいな感じがした。
レオンハルトみたいに、ギラッと来る癖みたいな感じは強烈でないが、ロスみたいに感覚的に開放感がある感じでもない。
中庸だが随分と精密に設計されている感じがする。
最後に蛇足であるが、
私は小学生のころより、クラシック音楽のレコードが大好きで以来40年近く買い続けているのであるが、物凄い音痴で一回も楽器をやろうと思ったことがない。
最近、今度小学5年になる長女はピアノが好きになってきて、割合上手にと言うか家内にそっくりの感じで「エリーゼのために」を弾くようになってきたのだが、好きな音楽は"いきものがかり”の「ブルバード」でクラシックの名曲を聴くことに関心を示したことがないのに対して、幼稚園を卒園したばかりの次女は一応家内にピアノは習っているものの、どちらかというと絵や粘土に能力を発揮するのになぜか、ヴィバルディーの四季やチャイコフスキーのバイオリン協奏曲の一楽章のサビを聞いて、「○○ちゃんこの曲大好き!」と感想を申し述べるので、「オッ、オヤジに似てきたな!」と驚いている。
性格的には、片付けが出来ず、落ち着きのない長女の方がはるかに小生に似ているのであるが。。。

新しい電話を買ってきた。
古い電話の子機の充電が出来なくなり、ケーズ電気の修理コーナーにもっていくと、「新しい充電池に変えてみなければ故障かどうか分からない、充電池は1100円で、もしダメでも、返品できない」と言われた。
充電器ももっていったので、その場で実験してみると、要充電の電池マークが充電器に入れてもなくならず故障と判明。
対応の、オネーサンからおばさんに成り立てぐらいのやせたAV女優タイプのオネーサンは「最初に1100円かかると言いましたよね、」
思わず、「エーッ」と言うと、「まあ今回は良いです」と、無料になった。
なんだか、凄くサービスしてもらった気がして、「どうもありがとうございます。お宅で買うからね」と言って、その日にケー図電気で購入してきてしまったわけである。
子機一台付きで6780円だったかな。
修理は8000円ぐらいかかりそう、子機を新調してもそれ以上かかるということなので。
その場に検査用の充電池を用意しておけば済む話なのに、気が弱いというかお人好しの自分は、買った袋をわざわざオネーサンに見せに行って、笑顔満面のAVオネーサンの顔をみて、「良いことしたなー」と嬉しくなったのである。
で、買ったのがこれでパイオニア製。
同じ値段で、サンヨーの白いオシャレなのもあったがこっちの方が地味だが生き生きしたデザインの気がしてこれにした。小生には、字などがオヨオヨ踊って喜ばしく見える。微妙に青みを帯びているのだ。さりげなく奥行きがあるんだなー
ついでに、当家の工業製品をいくつか。
これは、この取手に引っ越してくるときに、内装の設計を高校同級生であるところの鬼才
建築家s君にお願いしたが、その時に入れたシステムキッチン。琺瑯のタカラ製。
内装全体は、住みやすく温かなイメージで満足している。

最初、名前は忘れたが、S君に「気後れすんなよ」とか言われて青山だか表参道だかの高級システムキッチンメーカーの金かかっていそうなショウルームにつれられていったが、良いのは100万単位で物凄く高く、買えそうなのは非常に手抜き感があった。
要するに、シンプルで大胆なデザインはそれだけで難しい上に、素材が良くないとみすぼらしくなると言うことだと思う。
仕方がないので地元の、リンナイとかセキスイとか普通の水回り製品会社のショールームを回り始めた。
それで、小生のハートをゲットしたのがこれ。
タカラのほとんど最低グレードの製品である。
最初はもう少し高いやつにしようとしていたが、こっちの方が味わいがある気がして、段々予算も厳しくなってこれになった。
S君は一応一緒にショールームには来てくれたが、「最初にいったメーカーでなければどれもゴタゴタで全部一緒だ、好きなのを勝手に選んでくれ、それともオレが設計するか?」と興味なさそうであった。
しかし、施工の**企画のKさんには「普通は、見ているうちに段々高いのに結局してしまうのだが、鈴木さんみたいに段々安いのにしても嬉しそうな人は珍しい」と変な感心されかたをした。
しかし、こうしてみると、やっぱり安普請ではある。
作り手としての自分は極端を好む作家であり、アーティストとしては、S君の言うことは分かりすぎるほど分かるのだが、こういったシンプルでもなくデコラティブでもない、常識的な線で勝負する安価な工業製品のデザインの面白さにも気づいたのは、某オーディオメーカーのデザイン室に顧問(親会社系役員の御紹介により世間知らずのマイナー彫刻家からいきなりなってしまった)として嘱託で勤めていた時代(2年でクビ)からだ。
最初は、何して良いか分からず「皆さん、彫刻を作って勉強してみませんか」等と言って忙しいデザイナー諸氏の失笑を買っていたのだが、毎週のように量販店にいって、自社やライバル会社のラジカセ、ミニコンポ、テレビなどを見るうちに少しずつ良いもの、悪いものが見えてきた。
「多くの人が安心して手に取れる製品は、値段、機能が的をえていることに加えて、意匠のいろいろの要素のバランスが良い上に、掴みもある程度あって、しかも生き生きしていなくてはいけない。(よく売れる焼き物も同じであることは、分かってはいるのだが)そのためには開発に関わるいろいろな人のいろいろな要素が奇跡的に上手くかみ合わなくてはいけない」と鈴木顧問は2歳年上の統括部長に教わった。
ちなみに、電気量販店の匂いは、会社の匂いと一緒で、今でもケーズ電気に行くと苦しかったその頃のことを思い出す。
その会社は親会社に吸収された後、しばらく残っていたブランド名も消滅してしまった。
もう二つあげますが、マキタのドリルは40年前、東芝の電子レンジは結婚祝いでお水鉢のお施主さんになってくださった方(服飾作家である奥さんのセンス?)に頂いたものですので14年前ですが、このぐらい経つと良いものは美術品的に見えてくる感じが私にはするのですが、皆さんいかがでしょう。










