この頃のワタクシ。エロ彫刻

エロ彫刻を作っています。
2分の1等身ぐらいの男女が事を致している様です。
絶対に売れないし、キャリアにマイナスになる仕事は気がとがめるし、娘達にも見られたくないと言うモチベーションで、あっと言う間に作ろうと集中して全く迷うことなく無駄な作業をしないので、もうすぐに出来そうです。
なにか、彫刻の作り方をもうすぐ49歳になろうかという歳になって開眼したかのようです。、
今までに12時間ほど。うち刳り等、後処理も入れて、あと5時間くらい。
でも、写真を出せません。
ある彫刻のグループ展に出そうと思って始めた仕事ですが、出品してよいのかどうか。
表現の自由をたてに、ごねる気は全然ないです。。
自分も食うのに必死なのに無償で働く事務局がかわいそうだもんね。
焼き物粘土で作っており、本焼成もするので、庭にでも埋めておこうかな。
素朴で美しい彫刻だと思うのですが、、、、

ここのところ、器を随分作りましたが、技術などほとんどない状態で、なんとかしようとする。
完全を求めないで、今持っている少ない駒を何とか動かして、辛抱強く前に進む。
そうすると、意外なところに抜け道が見つかる。
そういう地道なやり方をこの歳になってやっと学んだ。
彫刻だけやっていたときは、ホームランをいつでもねらっていた感じでした。


エロ彫刻を作るなかで、ちょっとお色気のあるコーヒーカップのアイディアが浮かんだので、早く終わりにして、ロクロやろーっと。
こっちは、やらしくない上品なお色気ね。数少ない銀窯ファンの方のためにね。カワイイ娘達のためにも。。。

で、ちょっと鬱気味の時にお約束の、一般には分かりづらいと思われる名作を。
コンスタンティヌスたいていの巨像の頭部です。
このギョロギョロした目つきと、顔の生々しい細かい肉付けの組み合わせが不気味なのですが、この違和感に小生は和みます。
ミケランジェロのダビデの顔にどこか雰囲気が似てないですか。
もっとダビデはハンサムですが。
キリスト教とギリシア・ローマが組み合わせが共通だから似ていると単純に自分は解釈してます。

コンスタンティヌス頭部





ゆっくり乾燥させるためにと、娘達に見られないために、布でくるんで乾燥しています。
完全に乾燥してから焼成しないと、窯の中で爆発します。
先ほど、久しぶりに見てガッカリ。
おい、銀、開眼したとか言うな!


3月16日記
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テーマ : 絵画・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag:美術・彫刻・絵画  Trackback:0 comment:9 

Comment

江戸川台のきょん URL|らっきょうの中心部
#- 2008.02.18 Mon06:26
 お嬢さんたちにも見せない、出品もしない、庭に埋める?? 予定なのに、制作する、そんな作品は今までにもお作りになったことが
おありなのでしょうか? 自分以外には誰にも見せない。これでも、アーティストで、地域人で、父親で、男性で、生物である制作者が、
いろいろなレベルの自分を吐露してきたつもりだったが、人に見せるつもりのない、自分の”中心”の方を表現した作品を
その”中心”の命により、作ってしまった?

 しかも、その過程で彫刻の作り方に”開眼”なされた!

 すると、他にも人に見せることが出来ない彫刻というのは作れるのでしょうか? それとも、人に見せる、見せないの問題は別に
して、とにかく集中してわあーっと夢中で作る。その過程で普段意識のそこに沈んでいて気がつかないアイデアが、フッと浮かんで
くる。どの道、すばらしい経験をされましたね!
銀 URL|江戸川台のきょん様
#- 2008.02.18 Mon20:18
江戸川台のきょん様
力のこもったコメントありがとうございました。
私の、わがままな記事に向かい合って下さって嬉しいです。
>お嬢さんたちにも見せない、出品もしない、庭に埋める?? 予定なのに、制作する、そんな作品は今までにもお作りになったことが
おありなのでしょうか?
>すると、他にも人に見せることが出来ない彫刻というのは作れるのでしょうか?
「見る人を意識しない」と言う態度を今までもずっととってきたのですが、正直言うと 、全く人に見せることがないという状態では、やはり作品を作る気はなくなってしまうと思います。
見せることを前提にしないかのような作品を人様にお見せするという感じでしょうか。
だから、ああ書いちゃいましたけれど、土には埋めないで、何とか誤解されないですむ発表の方法を画策すると思います。
すいません、ちょっと作ってしまいました!
鋭い質問に化けの皮が剥がれました。(汗)v-15

見る他人の視線を想定することが自分にはどうも一人の個人としては、僭越な気がしてます。人様の心を忖度するなんて失礼!近代人は孤独なのさ!と言うわけで。
ただ、プロとして作品を世に送り出すことを考えると、やはり考えなくてはならないです。
そこのところの、ずれが非常に辛いです。

これを土に埋めるという発想が生まれたのは、子供が学校の友達に嫌な事言われる事を考えたからです。
ご存じかと思うのですが、小生の父も彫刻家だったのですが、子供の頃「おまえの父ちゃんは、母ちゃんの事、裸にして作ってるんだろう!」と悪童どもに言われて非常に傷ついた記憶があります。
実際、しばらくして、おふくろのあられもない姿態を写真に写してそれを作ると言うようなしょうもないことを始めおって、ウンザリしました。(笑)

自分は、よく分からないのですが、非常に真面目には取り組んではいるのですが、根底に冗談というか、笑いの要素があると思っています。
でも、本当はよく分かりません。遺伝的に好色なだけかも、、、、 v-73

とりあえず、これにて。
ちゅう URL
#- 2008.02.18 Mon20:54
じゃあ私は軽く。
画像添付して秘密でください。見てみたい。

「器の開眼」の件については、高校・浪人を通して解いた数学の難問、後期は物理の問題なんかで同様の心境になったことがあります。

江戸川台のきょん URL|光なき世界
#- 2008.02.18 Mon22:00
 ドラマで悪役を演じる俳優の子供が、実際に「オマエのとうちゃん、悪者だろう?」とイジメに逢う話は聞きますが、それはそれとして、
作者は、本当に自分が好きなもの、愛している人を対象にして描くのは、よくある事と思われ、ダリのガラにしろ、ピカソの??、シャガールの
ベラ、特定のモデルかどうか知りませんが、ルノワールのあの、光輝きあふれる女性の描き方をみても、画家がモデルに、ものすごい
思い入れを持っていたであろう事は伝わります。そのうち、モデルを押し倒してしまい、妻にしてしまうのも、何ら不自然なことはないと、
思われます。

 不思議なのは、そうした思い入れの究極の行為、”ことを致す”でもよろしいのですが、映画などでは、かならずその場面になるのに、
(西洋)絵画の世界では、抱擁おろか、接吻もしない。(シャガールは喜びのあまり、恋人と空を飛びながら接吻にしている、自分を描いて
いますが、彼のウキウキ、ワクワク感がよく現れています。彼はそういう喜びを隠しておけないようです。)

 転じて日本画ではどうなのでしょう。浮世絵のようなものに、”男女交合の図”なんてものがあるように聞きますが、私は実物を見た
ことはありません。いいたい事は、我々、観る側からすれば、画家の表現を制限するものなんて何もない、自分の思う世界を描いてゆけば
よい、と思っていたのに(ちょうど、即興音楽家が、ただ静寂と、時間さえ手に入れれば良いように)、実は自分の家族?、仲間? に気兼ね
が必要なんだという、驚き! しかも他の表現分野では当たり前に描かれていることが! すると、芸術家が「これぞ美の究極」、「快楽の
究極」、「人生の喜び」、「悲しみ」として感じたところで、これを表現物として外に出す場合、道徳的、社会的、宗教的、その他もろもろの
制約があって、表現が叶わないこともあると?? その制約の中で表現しているに過ぎないと?? ドラクロワも、ユトリロも、スーラも、ゴッホも、
ウォーホルも?
銀 URL|江戸川台のきょん様
#- 2008.02.18 Mon23:38
ウーン、、自分にとって何か表現するときには、いろいろ制約はありますね。
でまあ、お金とか名声とか娘に気兼ねするとか言うのは、勿論、非常に大きいのですが、それは、作り出すとあんまり気にならないです。多少は気にすべきだと思ってはいるのですが、、、、
それよりも、なにか、表現におのずから、この領域は足を踏み入れると泥沼だよ、とか近寄るとけがするよ、とか言う地雷みたいなものがいっぱいあって、それは非常に恐怖です。
その地雷を時には、避けて、時にはわざと踏んだり、いろんな事をする。
そして、どうもその地雷はご時世によって配置や性能が変わる。
具体的いいますと、今日、裸の女性を作るに、プリッとリンゴみたいに美しく表面の張りがある、上手なロクロの壷みたいなツルッとした感じでやると、本当に生命を感じるものは、誰がやっても一生に一つぐらいしかできないと思います。嘘くさくなってしまうんですね。これは、非常に残念なことに、いくら、そのモデルを愛していても、同じなんですね。
でも、それは、女性を作ると彫刻家なら誰でもやりたいことなんですね、本能的に。それで、ついやってしまうのですが、何十回もやって失敗してます。泥沼の領域なんですね。ギリシア人が楽々と鼻歌交じりに出来ただろうことが、出来ないんですね。一生に一つでもよいかなと思った時期もありますが、やはりたくさん作りたいですよね。ドラクロワや、ゴッホやウォーホルみたいに。
そうした場合に、やはり遠回りして行くという方法をとらざるを得ない。急がば回れです。
ゴッホの場合も、あの方法は非常に油絵の具本来の使い方からははずれていて、やっていて不愉快で、多分そんなにやりたい方法ではなかったと思います。でも、やらなくてはならなかった。例えば女性をきれいに表現しようとするならば、あんなに画面がパンクに凸凹していては遠回りです。ゴッホの本物は結構汚いです。
恥ずかしながら自分のことを申し上げますと、色っぽい女を表現するために、大抵は、表面が不規則に凸凹した彫刻を作らなければならない。どうしても逃げられないんです。死臭から。
でも、自分のことはさておき、美しいもののに近づくために、いろいろな障害、制約を逃げたり乗り越えたりする様が出ている美術品というのは、ロードムービーみたいで面白くないですか。
私は、美しいゴールシーンも勿論大事ですが、ピンチがいっぱいあるサッカーの試合のような仕事をしたいとおもっており、ゴッホやスーラもそういうドラマのある仕事として親しんでいるんですね。






銀 URL|江戸川台のきょん様追伸です。
#- 2008.02.18 Mon23:43
追伸

きょん様
正直なコメントありがとう。
自分も本音で頑張りましたよ。
またよろしくお願いします
江戸川台のきょん URL|地雷を避けたり、踏んだり、、、
#- 2008.02.19 Tue03:31
うーん、なんとなくわかるような、、、、ありがとう!
銀 URL|江戸川台のきょん様
#- 2008.02.19 Tue08:46
いやすいません。わかりづらくて。。。
文章にするとなんか、入り組んじゃって。。。
絵なんて見るときは一瞬なのにね。
作る側からの、理屈でしたが、見る側からすると、「味」があるとかないとか、表現に幅があるとか、深みがあるとかいった問題をゴチョゴチョ書いたのだと思います。

銀 URL|ちゅう様
#- 2008.02.19 Tue09:49
ちゅうさん
焼いて、彩色したらねv-238。。。。。。
乾燥とか、他の作品と一緒に窯に入れるので、まだかなり後になるかと思いますが、少しお待ちを。
キーをつけて、秘宝館みたいなサイト作ろうかな。(笑)

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Author:ぎんよう
彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

我が家の掃除機の塵の放射性物質
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Cs134:211Bq/kg(検出下限19.3)
Cs合計:852Bq/kg(検出下限58.0)
採取時期:2014/1月~2014/3月

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