亜欧堂田善3

亜欧堂田善の銅板画です。
田善を「性遅重々しく肆業運用にうとし」として破門した司馬江漢は後に反省し、伊能忠敬にこう述べたそうです。
「善吉はまことに日本に生まれし和蘭人(おらんだじん)なり」
善吉とは田善の本名です。(永田善吉)

何か悪い夢を見ているような画面です。
でもなんか好きだなー。
亜欧堂田善・銅版画


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テーマ : 絵画・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag:美術・彫刻・絵画  Trackback:0 comment:4 

Comment

江戸川台のきょん URL|だまし絵?
#pYnNxVVQ Edit  2008.01.23 Wed07:04
よく見えないのですが、エッシャーかと思ってしまいました。
エッチングですかね?
銀 URL|
#- 2008.01.23 Wed19:38
江戸川台のきょん さん

いらっしゃいませ!

そうですね。エッチングですね。
おっしゃるようにだまし絵的ですね。
この時代、遠近法が相当珍しかったらしく、こういった銅版画を、凸レンズをはめた、覗眼鏡という器具でみたりしていたらしいです。今の3Dみたいな感じ?遠近法そのものが見せ物だったんですね。
鎖国の日本では、長崎から入った西洋画はかなりのカルチャーショックだったようで、影響を受けて日本人が書いた珍妙な絵もたくさんありますが、ショックで頭のふたが開いたような感じがする傑作もあると、自分は思っています。しかし一様に暗い絵ばかり!
鮮明な画像はこちら。http://www.db.fks.ed.jp/txt/20011.001/image/00024_01.jpg
江戸川台のきょん URL|
#- 2008.01.24 Thu02:20
な~るほど。
そもそも理科系人間の私、歴史そのものの時間軸合わせが苦手で、
世界史と日本史、ローマは日本のいつ、宗教改革はいつ、フランス革命は
日本の何の頃なんてとても苦手。(多分日本の教育を受ければみな苦手)

 まして、美術。リトはいつ、エッチングはいつ頃からの技術かも分からず、
ルノワールのエッチングは見たことあっても、ルノワールって日本なら
モロノブ? ソータツ?の時代? (さらに、日本の美術史全く分かりません)

 大体”日本のエッチング”自体、藤田(嗣治)以外の、初めて見たような。

 そりゃ”ショックを受けた”と言われればそうでしょうが、”長崎から入った西洋画”も、
フレスコ画か、レンブラントか、マネか、スーラかでは大分違うような。
銀 URL|江戸川台のきょん様
#- 2008.01.25 Fri00:35
そもそも、世界の歴史とは複雑のもので、年代順に書くと分かりづらくて、かえって面白くないので、ある程度、その地方でまとめて記述するから、時間軸が掴みづらくなるのではないでしょうか。

あんまり知識に自信ないのですが、江戸時代に主に入っていたのは、あんまり本格的なアートではない、実用的な挿絵、解剖図、名所絵図みたいなものみたいね。

実は、このコメント3回目のバージョンです。1回目2回目は、歴史に無頓着な自分があんまり真面目に書いて深みにはまってしまいましたので、簡単にまとめましたこの3回目ばーじょんで、今晩はご勘弁を。

ルノワールは師宣や宗達よりは後みたいです。

ところで、この版画「千と千尋の神隠し」みたいなところないすか?
今度、まるで「千と、、」みたいな吉原の図をアップします。
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Author:ぎんよう
彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

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採取時期:2014/1月~2014/3月

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