豊下楢彦著 集団的自衛権とは何か

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2007年出版で、第一次安倍内閣の頃の本です。
大変内容の濃い複雑なことを分かりやすく解説した本でした。
以下、記憶に残っているところを自分なりに要約しましたが、書いてみると所々曖昧。間違っていたらご指摘下さい。

冒頭に、「自らの敵がだれなのか、誰に対して自分は戦ってよいのかについて、もしも他者の指示をうけるというのであれば、それはもはや、政治的に自由な国民ではなくて、他の政治体制に編入され従属させられているのである」というカール、シュミットという人の言葉が引用されている。
言うまでもなく、戦後、日本は概ね米国の敵とするところを自らの敵と目してきた。残念なことに周辺アジア諸国とは信頼関係が築けず、アメリカを頼ることによってしか、安全保障がえられなかったのである。

その米国は自らの都合により”敵”を頻繁に替え、日本はハシゴを外される形になってうろたえる。
例えば、ニクソンショックと呼ばれる電撃的な訪中宣言であり、日本の頭越しにされる米朝会談などである。
また、米国は敵の敵は味方という安易な理屈で新たな敵を期せずして作り出してきた。アフガンへのソ連侵攻のおりに、パキスタンにイスラム急進派を集めて、軍事的支援を行い、アルカイダを結果的に育てたり、イラン憎しからイラクを支援してサダム・フセインを巨大化させてしまったのである。
また、国内のユダヤ人財界人に遠慮してイスラエルの核武装を黙認して、NPT(核拡散防止条約)の説得力を自ら弱めている。

日本は、米国の目で世界を見ることから離れて、北東アジアの国々と連帯して非核地帯を築くなどして、日本独自の立場から平和への発言をすべきである。
安倍首相が当時主張したように改憲して史上最強の軍備を誇る米国の要求に応えて集団的自衛権を我が国で認めても、自らの目で世界を見ることが出来ないのなら、米国との対等性などえられないのである。
結果的に、安部の言う自主憲法は米国に押しつけられたものになるのはないか。
岸内閣(吉田内閣だったかもしれません。すみません、忘れました。)の頃はそれでも、日本に基地があると言うことの重要性をてこに、米国の軍備増強の要求にたいして、かなりの粘り腰があったが、最近は言いなりである。


また、核兵器、細菌兵器などが、国家の管理を離れて、テロリストの手に渡る危険性なども分かりやすく記述されていた。

その他、非常に多くの示唆に富む内容があった。

その中で、ユダヤ人迫害に手を染めなかった日本は負い目が無いのだから、イスラエルにもの申せるはずだというような記述がありました。

これは私の意見ですが、2014年7月現在、イスラエルのガザへの攻撃が激化する最近ですから、日本政府は是非積極的にイスラエルやハマスにもの申して欲しい。
米国と組むこが前提の集団的自衛権を認める解釈改憲や、武器輸出3原則の緩和で発言力を自ら低めることになるのだったらば,慚愧の至りで、その面からもやめるべきです。
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ぎんよう

Author:ぎんよう
彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

我が家の掃除機の塵の放射性物質
Cs137:641Bq/kg(検出下限39.7)
Cs134:211Bq/kg(検出下限19.3)
Cs合計:852Bq/kg(検出下限58.0)
採取時期:2014/1月~2014/3月

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