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ショパンのエチュードin取手




長女の中学文化祭で、ある全国規模の大会に出場するほどのピアノの腕前の同級生が此の曲を演奏したらしいが、当日は、体育館に響き渡る凄まじい轟音に、聴衆の中学生の多くはは感動とするよりも、ただ驚いて目が点になったと言う具合だったらしい。
しかし、彼女がプログラムに書いたコメントが秀逸であった。
「楽しんで演奏しますので、皆さん頑張って聴いてください」
娘達は、「頑張って演奏するから、皆さん楽しんで〜」の書き間違えじゃね?と言っていたが、私とフルート吹きの妻は「よく分かるな、これは間違いじゃないよ。○○ちゃんが、よく分かっているという事だと思う。」
音楽も絵も、本格的な近代以降の芸術(作家個人に由来する部分が大きい)は多くの場合に、ある意味難しい。
印象派の絵だって、美術館や画集で見れば美しいが、そこいらに放ってあれば、良いものでもガサガサで絵面の汚い薄ぼんやりした絵に見えるはずだ。
聴くもの見るものに或る程度の覚悟や好奇心を要求するのである。
ところで、此のポリーニの録音って、自分には良いも悪いもよく分からないけど、なんだか、ヘリコプターがパラパラ上昇しているみたいで可笑しい。大好きで、随分聴きました。

後記

この記事をFBにだしたところ、この台詞はノダメの台詞ということでした。

ついでに言っておくと美術品に関してしか分からないが、近代以前のものも大概難しいのではないだろうか。生活感や宗教観が違うから、教義や歴史や情緒を共感するのでなくて、単なる美術品、抽象的存在の美術品としてみなくてはいけないだろう。とすると、近代美術と大して変わらないことになる。
まあ、民族の心とか、心の故郷とか癒しとか、自分にご褒美とか、理屈とか伝説とか美術史とか、美術品と見る人の間にワンクッション、便利なものがはいると一部の作品は非常に分かりやすい感じにはなるんだけど、反面、良いものでも全く理解されないということも多くでてくると言うことになるから困りものだ。






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ぎんよう

Author:ぎんよう
彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

我が家の掃除機の塵の放射性物質
Cs137:641Bq/kg(検出下限39.7)
Cs134:211Bq/kg(検出下限19.3)
Cs合計:852Bq/kg(検出下限58.0)
採取時期:2014/1月~2014/3月

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