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運命

ベートーベン実は大好きです。
いろいろ好きな曲有りますし、多面体でいろんな魅力ありますが、この第五交響曲は、すごーく真面目なんだけど、真面目さが突き抜けて冗談の域に達しているような感じがして大好きです。
それと、これはクラシックの作曲家全体に言えますが、自分は墓の中に入って既に200年になるのに、楽譜という染色体みたいなスーパー設計図を残しており、自分のクローンを演奏家に延々と再生産させているその策士ぶり。
しかも、演奏家が時代に合わせて新しい解釈と称してリニューアルするから、美術品みたいに古くならないんだな。まあ、古びたり壊れたりの魅力もあるとは思いますが。

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テーマ : 音楽
ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag:音楽  comment:2 

Comment

江戸川台のきょん URL|あくまで音楽としてのストーリー、 情熱みたいなもの
#pYnNxVVQ Edit  2012.09.20 Thu01:08
う~む

 確かに子どもの頃から、ベートーベンの「運命」と、チャイコフスキーの
「くるみ割り人形」が交響曲の双璧みたいな印象だよなあ。

 ・・で、無心に聴いた当時でなく、現在いろいろ小理屈をこねると、
両方の曲とも部分部分のメロディや、それの構成された曲としての
美しさもあるけど、特に後者はバレー音楽で、「出だし」部分のイメージが
強いせいもあって、ドガの「踊り子」みたいに、少々「視覚的」なのに対して、
ベートーベンは、あまりに荘厳、堅牢、まじめなために、「人の動き」や、
「建造物」のようなものが想起されず、あくまで音楽としてのストーリー、
情熱みたいなものが感じられちゃうのだよね。

 「スーパー設計図」かい? クローン? 以前、”音楽は瞬間の技術、美術は
千年の芸術”なんて言ったような気がするのだけど、厳密には一回一回の
演奏は別物では? 全体のテンポや緩急しかり、楽器や調律も違うのだろうし。

 もちろん、それは構わないのさ。 修復”され過ぎちゃった”フレスコ画とは
違うよ。 「運命」、やはり千年愛される芸術だよなあ。 あー、支離滅裂!(笑)
ぎんよう URL|Re: あくまで音楽としてのストーリー、 情熱みたいなもの
#F.S2sd/w Edit  2012.09.20 Thu08:20
くろーんというのは、例えだね。分身が正確かね。
ベートーベンは後世の演奏家がどう考えるか、晩年意識していたこもあったようだが、自分で演奏することが、後半生、出来なくなったこととちょっと関係あるように素人考えでは思ったりする。いずれにしろ、音楽は本当にも仮にもよくわからんのでこのぐらいで。
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彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

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