アーリー・アツシ

2階のの物置にしている亡母のアトリエを整理していたら、出て来る出て来る、わたしの幼い頃の作品。
父母の愛情を感じた。が、一人っ子が、彫刻家の父、日本画家の母におだてられて得意になって描き殴ったような内容の感じられないのの方が多く、それは思い切って捨てた。
以下、ましなものをアップします。ご笑覧。

border="0"

小学校3年生だと思う。既に細かい線で偏執狂的に。 彫刻家の父と日本画家の母にはもう少し大らかにやれと常々言われていたが、体質だったの事がよく分かる。
しょっちゅう風邪をひいていて、治りかけ、寝床に座ってしこしこ描いていた。


同裏
門前の小僧習わぬ経を読むで小学校5年だと思う。1970の年号が入っている。ロダンが好きになった。
門前の小僧習わぬ経を読むで小学校5年だと思う。ロダンが好きになった。
同裏
DSC_1829.jpg同横


多分小六。しょっちゅう風邪ひいていた。中一かも。
47KB (428 x 640) 多分小六。中一かも。

DSC_1822.jpg
多分小6のとき。1972の年号。小6の頃に長い時間かけ、明けて石膏取りしたように気がする。
12~13才にしては上手いが部分に拘泥するから生々しい。これも50になっても基本的には同じ。さすがに、この頃は、知恵が付いて、部分をわざと抜いてとぼけた味にすることもあるけど。

同裏同裏


自刻像。1972が刻まれているから中一のころ。
自刻像。中一。まだ、毛の生えない少年の顔。
自刻像横から同横


。
多分中一。自画像。細かいところにこだわるところと、力任せなところが混在して、暗い。作品で人目気にせず、傍若無人なのは昔からで、これは人に好かれないのも無理はない。思いやりが大事と言われるが、芸人たるもの絶対に本当には分かるわけがないお客様の気持ちを探るなんて失礼、それより、自分が身命を削って踊るのが礼儀と思うことにしている。
しかし、器では、その方が、変な模様を付ける為の頭の蓋が開きやすいからしている部分が大きいのだが、器は使いやすく普通の生活用雑器の形に作っている。この間、隣の江戸切り子の先生に食器売り場で通用する作家もの陶芸家と一緒になったのは始めただと妙な褒められ方をした。


これも自画像。多分中1目がこの頃どういう訳か描けなかった。
これも中一だと思う。この頃どういう訳か目が描けなかった。モジリアニの影響もあったかもしれない。

同じ頃だと思う。自画像。どんだけ自分が好きだったんだ。今はさすがにそれ程好きでなくなった。

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"多分中一。教室のベランダから広大な森が見えた。森を越えれば世界の果てのような気分?



中学2だと思う。 近所に牛舎があって、良く夢中で写生していた。


高校生の頃は妙に上手くて自信ありげで気色悪いので飛ばして大学一年。美大入学初めての課題。老人の頭像を塑像で作るためのデッサン。弱いが、線を描くのを惜しむかのように息を詰めて描いていて、割とイヤでない。この大学時代が私の今までで一番叙情的。だって僕にだって青春あったモン!

大学生時代。青春時代のおセンチな自画像。やーね。


この、昔の作品集はちょっと前に実はFBに出したのだが、いったいお前は今、中期なのか、後期なのか、それとも初期なのかと言うような質問のコメントがあった。
自分とすると、彫刻、絵画、陶磁器といろいろの分野をやる。そうすると、成熟せずに、いつでも初期という感覚がある。人間、未知のものに当たった時と言うのはその人の地みたいのがでるというか、似たような事をする。だから、子どもの頃からあんまり変われないのかな~などと思う。分野をうつった時に作品に現れやすい強いエネルギー見たいのが好きなのだが、腰の据わらんいい加減なやつと言われたらそれまでだ。
ただ、今扱っている器はささやかなもので、ささやかなものだからこそ、今までの経験を割合総合的に使えていると言う手応えは、秘密だが持っている。


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Tag:美術・彫刻・絵画  comment:2 

Comment

カデンツァ URL|
#- 2012.06.08 Fri18:20
拝見してたら、なんだかウルッと来てしまいました。残す絵、捨てる絵を選ぶのは大変な作業でしたでしょう。
長い時間の経過を感じるような、オーラを感じますね。
娘の絵はこれまでになんとか捨ててきましたが、残すと決めた絵はもう絶対捨てません。

自分の下手な絵でも、私も中学の頃握った手を描いたのはよく覚えています。
手で何かすることには思い入れがあるせいか、
細部にもこだわって描いて先生が褒めてくれた思い出があります。

>分野をうつった時に作品に現れやすい強いエネルギー見たいのが好きなのだが

ああ、よくわかります。まだあまり弾いてない、勉強してない作曲家に接する時は、
同じような感覚ではないかしら。
こんなことも知らなかったのか、とか今さらみたいなことをやりつつ、
遅ればせながらだんだん近づいていく作業。
それでも何かわかった時の喜びは素直にいいものです。

いつになっても初心者の実体は抜けません、私の場合。

ぎんよう URL|作曲家による違いは分野が違うくらいのちがい?
#F.S2sd/w Edit  2012.06.08 Fri22:05
丁寧に見てくださってありがとうございます。
若い人が見たら、戦前と区別が付かないほどの古さですね。
これをフェイスブックにだしたところ、何人かの人が幼い頃の作品を出しました。
周りに褒められて美術の道に進んだのだと思いますが、みんな良いんです。
近代美術(特に絵画)って他の分野に比べて突出して個人主義を体現していて、良くも悪くも他人に分かりやすいことが評価の中心ではないので初期って良いものが出やすくなっていると思います。
却って緊張感を維持する方が難しい。
娘さんのもご自身のも大切になさって下さい。

分野をうつった感じが楽しめるのは、音楽にもあるんですね。全く違う顔をしてみえたのに、実は同じような感覚があったり、その逆だったりするのでしょうか。
うちの家内はそういうことを言葉にするのが苦手でさっぱりわかりませんので新鮮です!
しかし、大作曲家がジャンルが違うくらいの世界を用意してくれているというのも羨ましいですね。
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彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

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