昭和の小学校校舎

一昨日、PTAの用事で、一日中、小学校周辺にいた。(家庭教育学級フルートコンサートのカラオケがかり、家庭教育学級陶芸教室の作品引き渡し、PTAの幹事会、およびマムシ看板補充二つ目の設置)
今回役員をやってみてよく分かったのだが、景気悪くてが一番大きいと思うのだが、多くのお母さんたちは、ほとんど一日中働いているか、生まれたての子供の世話でもの凄く忙しい。
今回の郊外指導部というところの運営は、まあ、割合頻繁にメールを送信してみんなの気持ちを丁寧に聞いて、やれないものはやれない、情報だけは全員で共有しておこう、ぐらいの感じでしか出来ていない。廃校、合併が近い事も皆のモチベーションに陰を投げかけているだろう。
以前なら、自分一人でいろいろやりきってしまっただろう(以前中心になっていた地元美術展ときのように)が、体力も衰えたし、自分もそれなりに忙しくて精神的にも余裕が無い。
と、いろいろ、考えて非常に疲れたが、この小学校のもうすぐ取り壊される旧校舎はいつ行ってもなにか、とても、良い気持ちになる建物なので、合間に撮影してきた。

耐震がだめということだが、廃校になるときに壊されるのだろうか。

自分が通った千葉県流山の小学校も頃昭和40年代に木造校舎を壊して鉄筋コンクリートの校舎に替わったがこんなに面白い丁寧に作られた建物だったとは思えない。
この小学校は取手に合併される以前の村の時代から100年もの歴史を持っているようだが、こんな田舎に似合わないと言ったら失礼だが、かなりモダンなものだ。
どうやら昭和40年代に立て替えたものらしい。
経緯はちょっと調べてみたがウェブ上には出ていなかった。

何か昭和のきれいな夢が廃墟になりつつあるという感じでちょっと感傷的な気持ちになるのである。

中庭
向かって左は教室、突き当たりと、右は廊下。
壁面や、池も丁寧にデザインされている。
写真 - 0049


突き当たりの廊下。
あがた森魚かはちみつぱいの世界だ。
写真 - 0052

中庭右の長い廊下。くねくねと迷路みたいで楽しい。
写真 - 0048


中庭左側の教室。フルートコンサートの会場だった。
直射日光よけのブラインドみたいなすのこ?がついている。木製だが、ブレード一つ一つが刃物の刃のような形に成形されている。窓から中庭が見える。長女は二年生をここで過ごしたが、今は常時は使われていないらしい。
DSC_0013.jpg
写真 - 0047


子供の作品。凄ーい。
写真 - 0050


マムシ看板設置した。
PTA会長、副会長が手伝ってくれた。
3人とも地元社長。私に社員はいないが。
DSC_0025.jpg


後記
9月17日
本日、運動会の準備で小学校へ出かけて、付近の顔役に聞いてきたのだが、昭和39年の建設だという事。
そのころ、こういう建て方が流行で、見学者も随分来たらしい。
ほんまかいな。
とすると、我々の小学校時代の無味乾燥な鉄筋への改築より大分前という事だが、こういう校舎が流行っていた時期があったということ?
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Tag:つれづれに  Trackback:0 comment:2 

Comment

洒落陶 URL|
#- 2010.09.09 Thu10:52
近辺にも、まむしが居ると聞きますが一度も

見たことがないですね。猪がかなり、出没し

ていたので、食べられて減ったのかもしれな

いです。

一時の箱形の殺風景な校舎とは、趣が違いま

すね。
 URL|洒落陶さま
#F.S2sd/w Edit  2010.09.09 Thu15:33
私のところも噂はあるのですが、私も見た事が無いです。
また、かまれたという話もないらしいんですね。
まあ、看板はモニュメントあるいは景気付けととらえてください(笑)
何か地面に立てたいというは人類の本能かもしれません。

この校舎の時期も箱形の殺風景なものがどんどん立っている時期のものと思うのですが、ちょっと風情がありますよね。
あるいは、我々が小中学生時代よりは、ちょっと後なのかもしれないですね。

ところで、そちらはまだ暑いですか。
こちらは、この写真を撮った月曜を最後に、パタッと秋の雰囲気です。
土揉みが楽です。
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