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バブルのころ

バブル最盛期、私は父の木彫小品の下彫りをしていたのですが、売れて売れて、一時は弟子が自分を入れて5人もいました。
彩色した松尾芭蕉やら利休やらの一尺5寸ほどの肖像が200万~300万くらい(売値)で一年で10~15も売れた。
星取機と言って、トースカンのもっとフレキシブルにした見たいなやつですが、それを使って石膏の原型を楠の木に彫り写す。
西洋で原型から主に大理石に置き換えるのを目的に開発されたのですが、木だと、途中で木が暴れて変形するからスピードを要求される仕事でしたが、イヤイヤやっていたので、そんなに早くなりませんで、一つ2週間ぐらいかかっていたと思います。上手い人だと、1週間ぐらいの仕事です。

IMG_0956.jpg
「星取り機」
先の針で原型表面上の無数の点の位置を記憶してそこまで木に穴を掘り、その穴の底をつないでいく。


星取り機でほぼ原型と同じ形にしたものに父が大きく手を入れて(小作り)、最後、表面を彫刻刀で仕上げるのも任される。
顔の仕上げは父。
仕上げは刃物の研ぎは好きだったし割合上手かったと思います。父の道具も砥がされていました。
彩色もやりましたが、どいうわけか父は木彫家なのに彩色が好きで自分でやる事も多かった。

他のお弟子に較べて仕事時間がみじかいお坊ちゃま待遇で月20万以上もらっていた。
そんな不真面目な弟子でしたが、6人ほどの父の弟子の中で、私より活躍している人はいますが、明治以前の風俗の像をまがりなりにも今でも造っているのはなぜか小生だけです。(恵比寿、達磨など)

ロダンの大理石は職人か弟子が星取り機を使って彫っています。
デスピオがロダンの星取りをしていたと言うのは業界では有名なはなしです。

さて、「お前はオヤジの下彫り工か!」とかバカにする人もいてやめようかと思っていたころ、ある巨大家具やさんのタウンアート事業部なる、街に彫刻を置く部署に勤めていた大学の後輩カ*ラが美味しい仕事を持ってきてくれた。
葛西の公園にブロンズ像。250万。十和田湖の高村光太郎の彫刻のイメージで2体組の女性像とのこと。

予定日までに張り切って作って、設置にいこうとすると、カ*ラと同僚のyから電話がかかってきて、まだ展示施設が出来ていないから待ってくれとのこと。その待ってくれが2回ほど重なって、いよいよ持っていくとまだ展示台の作業中でしたが、その職人達を見て驚いた。
全員よぼよぼのじいさん。
要するに、その当時は、あっちでもこっちでも工事していて、人手が足りなくて、足りなくて、じいさんまでかり出され、それでも花壇がまわりを囲むレンガをあしらったステキな展示台が遅れてしまったらしい。
これが、その彫刻。
Inbox20.jpg
「日の光」鈴木厚作 いろいろ問題はありますが、大らかで割と許せる仕事ではあります。

設置の時に展示台の作業のじいさんに「おっぱいがでかいな」と言われて何だか物凄くはずかしくモジモジしてしまったのが変な思い出です。

2体組の両方を同じ原型から鋳造しないで二つ原型を作るとお施主の区のお役所に調子よく言ってしまって、二つ石膏で作ったのですが、後の方がどう頑張ってもパワーが出ず、背中向いている方がちょっとショボイです。なんで二つ同じようなのを作ると後の方が生きてこないのが分からなかったのか。
デッサンの段階で、このポーズで役所に承認をもらっていたのですが、立体にしてみるとは手のひらを合わせての方が良い気がしたのでそうしたら、役所の人がアトリエに見に来て、「デッサンのとおりでないとまかり成らん」と言われて当初の計画どおりに戻したり、もっとショートカットだったのだが、もう少し髪の毛を増やしてくれとか言われたりしました。
反論しようとしたら、その才能を少し嫉妬していたほどの前衛美術家でもあって、グランパスのピクシーに似た長身ハンサムボーイ、カ*ラにシーッ!のポーズで制せられてお役人の言うことを聞きました。


鋳造後の磨き、色つけ等の仕上げを自分だやったのですが、鋳物屋の工場に行くと、身長3mほどもあるようなでっかい石膏原型が林立していた。みんなどこかの地方自治体発注の記念像で日展系統の彫刻家が作っていたモノと思うが、烏帽子かぶっていたり、かみしも着て刀差していたり、勲章下げていたり、おっぱい出して空飛んだり「百鬼夜行」であった。
まさに、日本の前近代の怨霊が歩いているようで壮観でありました。


ieyasu.jpg
徳川家康」バブル期の銅像はほとんどくだらないと思いますが、これは良いと思いました。どうも彫刻家の作ではなくて、金工家が鋳造せず直接金属を加工したらしいです。写真では分かりづらいですが実に楽しそうに各部が作られています。ちなみに下の石のかめは大学の時の同級生ウメとナッペが作っていますがこれも良い出来でした。江戸東京博物館前にあります。


で、彫刻の代金250万ですが、ブロンズ鋳造費をとって大体180万くらいは残ったのですが、下彫りも続けていたし、バカ息子は家に住んでいたのに生活費も入れずノーノーと暮らしていたので、楠の原木と刃物も多少は買いましたが、ほとんど、お小遣いにして、その頃つきあい始めていた家内と毎週のように御徒町の朝鮮人街に行って焼き肉を食い、大塚や鶯谷のラブホに行っている内にいつの間にか無くなってしまいました。

その後、結婚前に、自分でも売るための木彫小品を作り始めましたが、景気も悪くなるし、値段が安い上に木の達磨一つに2ヶ月もかかるし、これだけではやっていけなかったのですが、1995年頃の結婚と同時に、ひょんな所からある方にお世話になって、教職、顧問職を得てまた、しばらくは悠然と暮らせたわけですが、父の方は、バブル時に付いた贅沢の癖が直らず、木の小品は値段を上げすぎてしまっており、バブル崩壊後パタッと売れ行きが止まり、先物に引っかかったり、借金がかさんで追い込まれていってしまいました。


scan20040609_172136.jpg
「片履き達磨」小生作の木彫小品です。新潟にお嫁入りしています。ひたむきですね。


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ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag:陶磁器  Trackback:0 comment:5 

Comment

洒落陶 URL|
#- 2008.12.12 Fri09:45
独立した頃はバブルの直前で一年ほどしてあれよあれよと言う間にバブルガムブラザーズ。
いかんせん実績がなくデパートとかで個展をやるようになったのは弾けた後。
結局人事で終わりました。それが良かったのか、悪かったのか。
彫刻はさすが本職ですね。私が東京にいるころ、アルバイト先は彫刻関係の人が多かったのですが
みんな食えていなかったですね。彫刻の人は重量物を運ぶ時とか特に効率的な作業をしますので
参考になりました。おかげで腰も痛めず済んでいます。けっこう腰を痛める人が多いんです。
当時一緒に仕事した芸大彫刻、長崎出身の浜田さんとかどうしてるかな。出張先の沖縄で毎日
飲みました。
銀 URL|洒落陶様
#F.S2sd/w Edit  2008.12.12 Fri18:36
洒落陶様
コメントありがとうございました。
私達の世代は、独立する前後にバブル崩壊という方が巡り合わせの方が多いですね。
私などは、本文にも書いたようにバブル時は、ホントに世間知らずの大バカで、いろいろひどい目にあってやっと今になって多少目が覚めて来たという感じですが、目が本当に覚めたと思ったら、飢え死にと言うことにならないようにしたいものです。(笑)

>彫刻の人は重量物を運ぶ時とか特に効率的な作業をします

そうですね、石などはどうしたって力では何ともしがたいですから、いろいろ知恵をしぼり、また昔からの伝統みたいなものもありますね。
テコやチェーンブロック、コロぐらいの道具と人力で巨石を運ぶというのは、意外に興奮するもので、慣れると焚き火と同じくらいは楽しいです。
飛鳥にも巨大な石の遺物が残っていますが、運ぶことにも宗教的意味があった気もします。

石をやっている人で腰を痛める人を見ていると、どうも筋骨隆々の力持ちが多い気がします。
力に頼って、持ってしまったりするのですね。
同じような理由だと思うのですが、木を扱っている人も腰を痛めやすいです。

浜田さんは、同じようなお歳で、芸大壁画で取手出身の方ならよく知っていますが、別の方ですね。

sugi URL|コメントありがとう
#- 2008.12.14 Sun09:53
コメントありがとうございました。
ブログを立ち上げたのはいいのですが、
何も書けない自分に驚いてます。

星取り機の画像、ありがとうございました。
参考にさせていただきます。
我流で始めてしまうと、なかなかそこから抜け出せないでいますが、
技術交流の旅は必要ですね。

また、ぜひ、遊びに来てください。
銀 URL|sugiさん
#F.S2sd/w Edit  2008.12.14 Sun15:10
>ブログを立ち上げたのはいいのですが、
何も書けない自分に驚いてます。

自分はよく、なんかグネグネあること無いこと書いてしまう自分がよく気持ち悪くなります。
ストレスたまると筆が進んでしまうのです。
人それぞれですね。

星取り機ですが、今ちょっとバタバタで無理ですが、よかったら来年1月下旬に送りまして、試してみて、もしお入り用でしたらば、精密鉄工の工場でコピーされたらいかがでしょうか。
陶器市の際に、返していただくという、計画で。
あるいは、たくさん細部の写真を撮ってお送りすると言うのでもよいかと思います。
sugi URL|
#- 2008.12.19 Fri01:40
ありがとうございます。
先日、小平市の平櫛田中館で実物を見ることができました。
おおよそ、理解できました。
簡単なものを自作したいと思います。
親切に感謝します。
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プロフィール

ぎんよう

Author:ぎんよう
彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

我が家の掃除機の塵の放射性物質
Cs137:641Bq/kg(検出下限39.7)
Cs134:211Bq/kg(検出下限19.3)
Cs合計:852Bq/kg(検出下限58.0)
採取時期:2014/1月~2014/3月

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