なるべく言い訳にならないよう注意してちょっとだけ芸術論

 数年前のことですが、あるグループ展に参加したですが、小中学生対象のギャラリツアーと称して、作者達が自作を説明する企画をしました。
そのとき、某中学校の可愛いお顔でスラックスのお尻がステキに窮屈そうな美人先生が、私のエレクトした大きな男根が10本も身体から生えている彫刻「無垢の人」の前で、顔色一つ変えず、「こういう、立派な作品は、キチンと計画を立てて何枚もデッサンをして作るから出来るのです。わかった?」と生徒達にお説教。
生徒らは、ごく一部のニヤニヤしているニキビの男子を覗いて、ポカンとしていましたが、小生は可笑しくなってつい「いや、いい加減です。適当に行き当たりばったりに作るんですよ。こんなゴチャゴチャしたもの計画なんぞ出来ません。大体、こんなの計画しているやつはアブナイやつですよ。アハハ」
と言ってしまいました。今思えば、ほとんど笑わなくておっかないかわい子ちゃん先生に悪さしたい中学生的と言うかオヤジ的な気持ちだった気もします。
立派なのはちんちんだけだ~。とは言いませんでしたが。
生徒達はますますポカンとしてしまい、「しまった」と思ったのですが、先生はやはり顔色一つ変えず一言「ああそうですか」と言って他の作品へ生徒を連れて行ってしまいました。

今回アート屋台で染め付けの器を見て、お客様から、「こういうのはイメージが頭にあるのですか、下書きとかするのですか。」と言うような質問が何回もあったのですが、やはり「いや、行き当たりばったり、なんにも考えてないです。やっているうちにいつの間にか出来るんです。大体こんな複雑なもの、下書きなんかしたら、それだけで疲れちゃうじゃないですか。即興です。即興!」

考えてみると、これじゃあんまりバカみたいだから、少しチャンと書こうとマジメに書いてみましたが、いくら書いても何だか違う感じだし、自分の仕事について長々書くのも恥ずかしくなってきたので、うんと短くして以下だしておきます。

「 長いこと美術をやっていて割合達者にものを作るタイプだとは思うのですが、何かを表現するための自分の造形上の言葉がいつでも壊れていて、支離滅裂で、言語障害になっている感じです。非常に違和感があるのです。
あらかじめ自分の中にあるメッセージや、美しいイメージあるいは哀しいイメージを表現するということではなく、まず、その造形上の言葉を修理するのに精一杯で、それが何とか自分なりに出来ると物凄く嬉しいのです。
イメージは、言葉がしっかりするとスルスルどっかから勝手にやってくるという感じです。
 多分、模様を付けたり、顔を作ったりの制作中の自分は少し精神的に不安定な状態にあるのでしょうが、ほとんどいつも、自分の作品がグチャグチャ大混乱で、足の踏み場もない感じに見えています。
 それでも我慢して、がんばって、その断片的で不安定に見えている作品をいじくり回していると、ある瞬間、なんかの具合でその作品のへそみたいなものが見つかると、パーッと全部片付いちゃって、バラバラに見えていたものがチャンとつながって見えだし安定する。
その時、何か生まれる感じはするのです。
それが、わりと快感。


 そんな感じが、見ている人、使っている人にも伝わればいいなあと思っています。
それと、冗談は大好きです。

以上  」

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Tag:陶磁器  Trackback:0 comment:18 

Comment

江戸川台のきょん URL|カラフルなラーメンどんぶり
#pYnNxVVQ Edit  2008.11.24 Mon12:33
 その彫刻が小さく写った写真を見て、5才の娘が「あー、ちんちんがっ!」と
ケタケタ笑ったのには、驚きました。あのサイズの写真で、しかもあんな角度の
ちんちん、見たことないはず(あるのかな)なのに、ちゃんと認識する。
さすがイヴの末裔。 だいたい、その4文字は口にすると叱られるはずなのに。
 
 先生に悪さをしたいのなら、「これ、先生が来るまでは下向いてましたよ~。」と
でも言えば良かったのでしょうか。
 いずれにせよ、作品を説明する、ということは、相手の感性や知識にも合わせる
必要があるわけで、私の母親なぞは、「変わってるね~」というばかりで、その後の
話の続けようがありませんでした。

 さて、染付けのほうは全部見たわけではないが、「造形上の言葉がいつでも
壊れていて・・・・・非常に違和感があるの」かどうかは知らない。

 均整のとれた形があり、乱れのない細かい模様が描かれているから美しい。
確かにヘタが、バランスの悪い形を作り、乱れた絵をつけたら、美しくないだろうが、
とても上手な作者が、形も模様も意図的に「くずし」たらどうなるのだろうかと興味の
あるところ。

 あの絵皿はあくまで銀兄流であり、ミロなりビュフェ流があるのと同じ。
逆に100円ショップで売られているラーメンどんぶりのようなカラフルな色使いで、
なんだか楽しくなるような器、そんなものでも作れるなら、それはそれで、面白そうです。 
銀 URL|きょん様
#F.S2sd/w Edit  2008.11.24 Mon13:21
なかなか良いコメントありがとう。
コメントがあると、書きやすくなりますね。

なんか上手い言い方が見つからないので、本文から削ってしまったのですが、わざとバランスを崩すことはしばしばやりますね。染め付けでも。(手仕事に、人間的なものをのせようとする現場は、ホントに微妙でうまくかけないです。)
バランスのとれたものというのは、それだけで美しいようですが、退屈なときが多いと個人的には思います。
なにか、混乱が、収束する感じというのは、感動的に美しくバランスがとれる感じがするんですね。




江戸川台のきょん URL|それは参るス!
#pYnNxVVQ Edit  2008.11.24 Mon15:36
 混乱が混乱を保ったまま、収束するかどうか、君は高校のときから、
マイルス・デイヴィスなんぞ、「あれはすごい」なんて、聴いていたよね。

 私には、ジャズも、実はロックの「アドリブ」さえも、ぜんぜんその良さが
分からなかったんだけど、いつかな、突然「良さ」がわかって、聴き始めたなあ。
 
 美術もそうかもしれない。「万人に訴える」というものもあるかも知れないが、
ある程度解説を聞くなり、経験つむと突然「理解」するなんてことが起きるのかも。

 さあ、美術千年、音楽一瞬なんて、ここに書くの何回目かな。私の大好きな
ジャズピアニスト、中島さち子さんなんて、即興のかたまりみたいな演奏でも、
一応曲名と五線の書かれた、譜面らしきものはあって、曲の前に作曲者の
さち子さんは、ベースの人には渡している。

 いつ、するのか知らないが、ちゃんとリハーサルもする。どこまでが
秩序でどこまでが、混乱なんだか、人によって受け取り方も違うと思うけど、
一見秩序も形もないようでいて、ある人にとってはちっとも混乱してないんだ。

 しかも不思議なのは、あんなにいつもアドリブというか、インプロバイゼイション
の連続、曲は大体決まっていて10数曲の中から、1回のライブでは6~7曲かな。
それなのに、同じようなフレーズを聴いたことがないね。 私なんかギター手に
したら、すぐ同じフレーズ弾いてしまうのにね。

 美術はどうなんだろう。「無垢の人」に同じ「パーツ」が何度も現れるのは
知っているけど、ほかの彫刻にはどうなのかなあ。あるいは、「染付け」は?
 ここまで書いて、先般の「屋台」の写真を見てみたよ。オナモミ? ヌスビトハギ?
古代の模様、それこそ、いろんなことを言うお客さんがいたよねえ。

 エラそうなことを言うほど聴いたことはないんだが、カラヤン? バーンスタインでも
多くの人に聴いてもらうような、演奏、音楽、それは大事だよなあ。別に聴衆に
媚びるという意味ではなく。
銀 URL|きょん様
#F.S2sd/w Edit  2008.11.24 Mon16:31
ごめん、
「混乱が混乱を保ったまま、収束する」は
「混乱が収束する」
に貴君がコメントを御執筆中に変えました。
まあ、前のままでも良いのですが、染め付けに関しては、表には混乱が出ないようにしあげています。
自分が見れば、混乱の痕跡は残っているのですけれどね。
こんど、HPでよく見てみてねv-238

まあ、多くの人に見てみてもらおうというのは、そうなったら良いに決まってますが、今は、少数のお客さんに良い仕事をお届けすることで精一杯です。


C橋 URL|
#- 2008.11.24 Mon18:42
私は芸術関係は全くですが、次女が今年美大を受験します。
油絵のコースですが、他の友達は「考えすぎるな!感じたままに描け!」と言われるのに、次女は「少しは考えて描け!」とよく言われるそうです。

HPに載っている無垢の人は、言われてみるとそうですね。
すごい作品だな…
銀 URL|きょんさん続き
#F.S2sd/w Edit  2008.11.24 Mon18:43
来年になったら、また、コンクールやりますよ~
あと、正月、日本橋のデパートでグループ展やります。
すこし、世界が広がると良いと思っています。
銀 URL|c橋さん
#7jkUMYXI Edit  2008.11.24 Mon20:05
次女さん、だんだん近くなってきて、張りつめてきているかと思います。
力を出せると良いですね。

私も、学生のころは、おまえは頭でっかちだから、考えないようにと言われていました。
この頃は、模様や顔を作ったりは基本的には行き当たりばったりですが、やはり、念力掛けて、こうやったらどうなるかな~、そうしたら、自分はこう考えて、こう動くだろうなぐらいは考えます。
また、技術的なこと、例えば釉薬の調合とか、掛け方などは死ぬほど考えます。

無垢の人は、自分ではキレイな仕事だと思っているのですが、どうもあんまりそうは見て貰えていないようです(笑)




江戸川台のきょん URL|あとはエナジーかな!
#pYnNxVVQ Edit  2008.11.24 Mon22:07
 「少数のお客さんによい仕事をお届けするだけで、精一杯。」 
それはそうでしょうね、あの作品を見たら。

 さて、バランスの方から片付けようか。それも、「くずす」話。

 「ジャズ」と言わなくても、クラシックの人がやらず、ポピュラーっぽい領域の人
(そんなのあるかどうかは別)がやること。 ちょいと、主旋律を「くずす」。 

 大昔、五木寛之の小説で、何だろう、かつての彼は、結構音楽への憧れみたいなことを小説の
モチーフにしていたことがあったよね。 どこかへ行く船の旅で、ピアニストが「サマータイム」をちょっと
「フェイク」して、弾くなんて描写があった。 多分読んだときは大学生位だったはずの自分は、
「サマータイム」も「フェイク」も知らず、「何だろうこれ」なんて思っただけだろうけど、もう少し経って、
「サマータイム」は中山英二と今田勝演奏するアップテンポのやつ、ジャニス・ジョプリン、MJQだか、
エラだかで知ったかなあ。

 さて、「フェイク」かい? 前出のジャズピアニスト、中島さち子さん。 高校の時「国際数学オリンピック」
なるもので日本人女子初の金メダリストになったりしてるんだけど、彼女が高校時代に書いたことが
本になっていて、まあ、彼女の専門は「フェルマーの最終定理」みたいな領域(数論)だからチンプン
カンプンなんだけど、数式を「変形」しながら、「ちょいと遊んでみます」なわけ。

 さあ、そんなもの、一行目の数式からこちらには理解不能で、「ちょいと遊」ばれても、ますます
分からないが、その世界の人には楽しく遊べるわけさ。 私がかつて練習していた、少林寺拳法なんか
でも、始めは師の言うことを守り、ついでその技を破って、最後は師から離れていく、「守・破・離」
なんて言われた。 「遊ぶ」は「破」と「離」あたりのことかね。

 わざとくずす、というのは、どこかオーソドキシーというか、キチンと基本があり、そこからくずして
いくんだろうね。

 そして、それを続けるエネルギーね。 それこそ「誰でもピカソ」は無理だろうね! あれだけ描き、恋し、
働き、何才から描いたのか知らないけど。シャガールなんかも、ダリも90まで生き、最後まで描きつづけた
よね。(ダリは晩年火事に遭ってからは知らないけど)。きっと、どんな画家も「定年」なんか迎えず、
きっと一生描き続けたに違いない。

 コンクール、楽しみだよ。 正月の日本橋とは華やかだね。 エナジーに関する記述が尻切れに
なったな。 いずれそのうち、書かせてもらうよ。
洒落陶 URL|
#- 2008.11.25 Tue12:15
ユーモア必要ですよね。20年ほど前にろくろで引いたままの作品を、そのまんま一輪挿し、と名付け
出したら、それだけ落選したことがあります。これも同じ頃ですが、
県展の彫刻部門に菊練りしたものを10個ほど素焼きして墨を塗り鉛筆で模様を書き円形に並べたものを
出品しましたが、講評に彫刻とは台座に固定してあるものを彫刻と定義するので審査の対象外と
書かれたことがあります。そもそも立体表現部門に彫刻しかないのが不満でしたが、正直つまんねえと
思いました。


銀 URL|洒落陶様
#F.S2sd/w Edit  2008.11.25 Tue14:00
あの、とんでもなく精密なタニシ揉みですか!
あの写真を見たとき、あるいは失礼かもしれませんが、現代彫刻みたいだなと思いました。
中は、くり抜かれたのですか?
台座がないと彫刻でないというのも、かなり古くさい話ですね。20年前にしてもかなり世間を知らない考え方だと思います。
ちょっと話がずれますが、陶磁器の立体というのは立場が微妙ですね。
それほど、発表の経験があるわけではないですが、なにか、軽く見られるというか、釉を掛けて本焼すると値段が安くなるという感じがします(笑)
中が空洞なものは彫刻ではないとか言う人もいたりして。。。
みんな、陶には判断に自信持っていていろんなことを言いますが、敬して遠ざけられる事も多いいわゆる彫刻より良いと思うことにしてます。

洒落陶 URL|
#- 2008.11.25 Tue17:17
私もその時はタニシ揉みそのものでも作品になると考えました。
刳り抜かないで焼いたのでけっこうヒビは入りました。また
刳り抜いて器にならないかと考えもしました。
私の頭の中では、彫刻も焼き物もそんなに違いは無いのですけれどね。
中が空洞な物は彫刻ではない。これは言うほうに無理がありますよね。
ブロンズも中空だし今主流のFRPだって空っぽじゃないですか。
私も卒業して3年ほど彫刻関係の人たちと仕事していました。
銀 URL|洒落陶様
#F.S2sd/w Edit  2008.11.25 Tue18:19
>刳り抜かないで焼いたのでけっこうヒビは入りました。また
刳り抜いて器にならないかと考えもしました。

そうですよね、天草では困難ですよね。焼成初期の爆発は大丈夫だったでしょうか。今、達磨の内繰りで厚みに神経質になっている自分としては心配です(笑)

>私の頭の中では、彫刻も焼き物もそんなに違いは無いのですけれどね

そうですね、私も作る側としてはほとんど同じ気持ちで作っています。
ただ、日本人の中に、彫刻(仏像)はお寺にあって徳のあるお坊様やお公家様が選ぶものだという考えが何か残っていて、今では美術館や新聞が選ぶものだという考えで自分たちでは判断をさける伝統があるのではと被害妄想的に考えたりしていました。
もちろん、何かの縁で決して安くはない全く無名の自分の作品を選んでくれた方もいらっしゃいましたが。。
それに対して、陶磁には、細工物を含めて自分で選んで楽しむという伝統があると、今は楽天的に捉えていますがいかがでしょうか。

>中が空洞な物は彫刻ではない。これは言うほうに無理がありますよね。
ブロンズも中空だし今主流のFRPだって空っぽじゃないですか。

ほんとですね。可笑しいですね。
やはり、木や石を刻むというのが、本当という考えですね。やはり仏像からきているのでしょうか。
木の仏像は内繰りで空洞ですが。。。。

洒落陶 URL|
#- 2008.11.25 Tue19:12
その時は大丈夫でしたが、焼成初期の爆発けっこうありますね。ケイ石分が450度から
550度くらいの間に膨張するので要注意の知識は最初からあったのですが、経験してみないと
実感できないのですね。これは別の爆発ですが、
本焼きのときに、ガスの切り替えが間に合わず消えてしまった時に、バーナーを閉じてなかった
のです。いきなり安全弁を開けたらボンとやってしまいました。開けてみたら相当ほこりを被った
みたいになっていたので、泣く泣く全部、埃を吹いてはたいて積み直しました。
急ぐ時にかぎってそういう失敗をやらかすんですよね。
失敗の話を始めたら切りがないですね。
 URL|
#- 2008.11.26 Wed10:48
美術家の方がどんな思いで作品を作られるのかな、と興味深く思っていたのですが、あつしさんの文章を繰り返し読んでいて、何か演奏と近いものも感じました。

>造形上の言葉を修理するのに精一杯で、それが何とか自分なりに出来ると物凄く嬉しいのです。

「言葉を修理する」というのが美術ではどういうことなのか私にはわかりませんが、演奏において私はまず楽譜上の記号やフレーズやいろんな情報から、作曲家が語ろうとしている言葉をできるだけそのまま読み取ろうと試みます。

それは、結構長い時間がかかる作業で、いつまでも素材そのままだったり断片的だったりします。変な例えですが、じゃがいもやたまねぎや肉を切ってはみたけれど、どうやったらこれが肉じゃがになるんだろう、というような感覚です。

でも、その断片的な言葉を繰り返し読み込んでいると、そのうちそれが自分の言葉として語られてくるような気がします。
その時は、復元的な作業を超えて、自分のイメージも混ぜ込まれたアイディアになり、生きた音楽として感じられるようになり、とてもうれしいのです。ですから、

>ある瞬間、なんかの具合でその作品のへそみたいなものが見つかると、パーッと全部片付いちゃって、バラバラに見えていたものがチャンとつながって見えだし安定する。
その時、何か生まれる感じはするのです。

あつしさんのこの感じは、なんだか感覚としてとても共感できるように思えます。

楽譜から言葉を追う孤独な作業を繰り返す間は、私はその曲のCDなどは絶対聴きません。
それはクリエイティブな世界の対岸にいるように思える時間で、遅々としてイメージのわかない自分にいらだちを感じる時間でもあります。でも、言葉をたどりながら、ただ待つしかありません。

自分の音楽が息づき始めたかな、と思っても、その曲のCDを聴くと、自分の考えの貧困さに唖然とすることがあります。
それでまたやり直すのですが、言葉を読み込む最初の作業がしっかりしていれば、何か別の演奏を聴いても根本から崩されることはなく、自分なりに練りこんだ音楽に再生していくような気がします。

というような、勝手なことを思っていたら、コメントがとっても遅くなり、失礼しました。。
銀 URL|洒落陶様
#F.S2sd/w Edit  2008.11.26 Wed10:59
珪石分膨張は、本で読んで知っています。
やはり、爆発しますか。
私は、250℃が一番やばいと、みんなにいわれて、そこを無事とおるには150℃でしつこくあぶりなさいと教わっています。特に立体を焼くと絶対失敗すると陶芸家諸兄に散々脅かされて、素焼きにかなり時間をかけてやっています。
今のところは、焼成の大失敗はないですが、慣れたころやるのでしょうね。
焼成中にいきなり、安全弁を開いて、爆発など恐ろしいですね。
埃を吹いて積み直しと言うことは、まだ熔け始める前ですね。不幸中の幸でしたね。
銀 URL|演奏家の  様
#F.S2sd/w Edit  2008.11.26 Wed19:28
丁寧で、誇張のない面白いコメントありがとうございます。
私は、注意はしているのですが、気がつくと、勢いであること無いこと書いてしまっていて後ではずかしくなったりします。

コメントを拝見して、自分はわりあい演奏に近いかもしれないと思いました。
最初は断片的な細切れでそれを地道に少しずつ大事に組み立てていかないとなんにも生まれない。
自分は、楽譜ではなく自分が作った形からいろいろ読むという個人的なものですが。。。
霊感みたいなものの導くままなんてことは、あり得ませんよね。
陶磁器を扱うようになって、必要に迫られて、作業は非常に早くはなりましたが、根本的には同じです。

「言葉を修理する」は改めて読んでみると、割と青臭い言い方ですが、作品に取り掛かった時点では、いつでも0からの出発ですが、気持ち的にはマイナスからという感じです。
あるいは、もう少し違うタイプの作り方だったり時代だったりすれば、0からではなく、もう少しルーティンな感じでも生きた仕事が出来るのかもしれないという思いもあります。
私は、多分、人間像だったり壷だったりの割合昔ながらの作り方をするタイプだからということが、却って問題をグチャグチャにしているのかな、ということです。
完全に断片は断片として投げ出してしまうというやり方でも、展覧会用の彫刻などではよい気がするのですが、どうもそれも作っていて面白くなくてチャンと組み立てようとするのは、21cの今は、今の時代に合わないことなのでしょうか(笑)

ただ、小さい器の例えば、酒杯や湯呑み鉢などでは、割合、自由にストレートに、また多少繰り返し同じ事をやっても、罰が当たらないかなーという感じで、楽しんでやることが多いです。
大きくなると問題が複雑になる事が多い感じですね。




カデンツァ URL|
#- 2008.11.27 Thu11:03
すみません。上のコメント、遅いだけでなく名前も書き忘れました。
お気づきだとは思いますが、戸惑わせてしまったらごめんなさい。

>霊感みたいなものの導くままなんてことは、あり得ませんよね。

同感です。作曲家の方もよくそうおっしゃいます。
ただ、今から取り組む曲のとてもいい演奏を過去に聴いて感動した体験があると、
私の場合は0からでなく、プラスから始まるような気がします。
あくまでイメージの上なのですが、ある程度行きたい方向が見えているというか。たどり着きたい思いが引っ張っていってくれる感じはします。
全く知らない曲の場合は、やっぱりマイナスからのスタートで、言葉の使い方がわからないというところから始まります。
でも、音楽の場合は時代や場所によって似通った言葉の使い方をする場合も多いので、
知らない曲でもいつも混乱するということではありません。
あつしさんの文を読んで、あらためて美術家の方は大変だと思い、勇気づけられたような気がしました。


銀 URL|カデンツァさま
#F.S2sd/w Edit  2008.11.27 Thu13:34
そうですね、随分難しく書いてしまいましたが、小生も、混乱しないで行けるときもあります。
前の作品がどうしようもなくて、迷いまくったときなど、次ぎの作品でに少し違うやり口にしたときなど、いくつか、ドンドン行けるときもありますね。
あと、反対に、器では完全に前の作品をコピーしてしまうと、時期が近いと大丈夫です。
時間が経つと、自分の中の何かが変わってしまっていて、どうしようもなくなることが多いですが。
先にも書きましたが、小品では案外大丈夫です。

>あつしさんの文を読んで、あらためて美術家の方は大変だと思い、勇気づけられたような気がしました

ご理解ありがとうございます(笑)
まあ、自分は内容のめんどくささからすれば、仕事はホイホイ早いほうだと思いますし、ラジオを聴きながらダラダラやっています。。
あと、美術は規準が曖昧なのが、辛いときもありますが、やっぱり、気楽ですね。

コメントで、カデンツァさんも、割合自分と同じような気持ちもあって演奏なさっているのだな~とわかり、嬉しかったです。
お互い、身体に気をつけて精進しましょう。
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プロフィール

ぎんよう

Author:ぎんよう
彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

我が家の掃除機の塵の放射性物質
Cs137:641Bq/kg(検出下限39.7)
Cs134:211Bq/kg(検出下限19.3)
Cs合計:852Bq/kg(検出下限58.0)
採取時期:2014/1月~2014/3月

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