高校生程度の読解力で、大福光寺本方丈記を読む。2

又、同ジコロトカヨ。ヲビタタシク大地震振ルコト侍リキ。
ソノサマ世ノ常ナラズ。山ハクヅレテ河ヲウヅミ、海ハカタブキテ陸地ヲヒタセリ。
土サケテ水湧キ出デ、巌ワレテ谷ニマロビ入ル。
ナギサ漕グ船ハ波ニタダヨヒ、道ユク馬ハ足ノ立チドコロヲマドワス。
都ノホトリニハ、在在、所所、堂舎、塔廟ヒトツトシテ全カラズ。或ハクヅレ、或ハ倒レヌ。
塵・灰立チノボリテ、サカリナル煙ノ如シ。
地ノウゴキ家ノヤブルル音、雷ニコトナラズ。
家ノ内二居レバ、忽チニ拉ゲナントス。ハシリ出ヅレバ、地破レ裂ク。
翼ナケレバ空ヲモ飛ブベカラズ。龍ナラバヤ雲ニモ乗ラム。
恐レノナカニ恐ルベカリケルハ、只地震ナリケリトコソ覚エ侍シカ。
カクオビタタシク振ル事ハ止ミニシカドモ、ソノ余波、暫シハ絶エズ。世ノ常驚クホドノ地震、二三十度振ラヌ日ハナシ。
十日廿日過ギニシカバ、ヤウヤウ間遠ニナリテ、或ハ四五度、二三度、若ハ一日マゼ、二三日ニ一度ナド、ヲホカタソノ余波三月バカリヤ侍リケム。
四大種ノナカニ水・火・風ハツネニ害ヲナセド、大地ニイタリテハ殊ナル変ヲナサズ。昔、斉衡ノコロトカ、大地震振リテ、東大寺ノ仏ノミグシ落チナド、イミジキ事ドモハベリケレド、ナヲコノタビニハ及カズドゾ。
スナハチ、人皆アヂキナキ事ヲ述ベテ、イササカ心ノ濁リモ薄ラグト見エシカド、月日カサナリ年経ニシノチハ、事ハニカケテ言ヒ出ヅル人ダニナシ。

また、同じ頃かと思いますよ。大変大きな地震がございました。
その様子は、この世の物とは思えませんでした。山は崩れて、河を埋めて、海は傾いて、陸を浸しました。
地面は裂けて、水がわき出し、大きな岩は割れて、谷に転がり込みました。
渚を漕ぎ行く船は波に漂い、道を行く馬はどこに足をついて良いか分からないようでした。
都のあたりでは、どこにいっても、お堂や塔が一つとして、無傷のものはありませんでした。
ある物は、崩れ、ある物は倒れました。
塵、灰がもうもうと立ち、盛んに昇る煙のようでした。
地面が動き、家の壊れる音は、雷のようでした。
家の中におれば、あっというまに潰れてしまうでしょう。かといって、外に飛び出せば、地面が破れてさけています。
翼もないので、空も飛べない。龍だったら、雲にも乗ることも出来ましょうけれど。。
恐ろしい物のなかでも、もっとも恐るべきは、ホントに地震だとつくづく思いました。
このように激しく揺れるのは止まりましたが、その余震は、しばらくはなくなりませんでした。
世の中の人が、普通に驚くほどの地震が2~30度ない日は有りませんでした。
10日、20日すぎた頃、だんだん間が空くようになり、ある日は4~5度、ある日は2~3度、あるいは一日おいて、あるいは2~3日に一度になって、余震は3ヶ月もありましたでしょうか。
水、火、風、地の4大種のなかで、水は水害、火は火災、風は台風というような害がありますが、大地は特別の変化をしない物でした。昔、斉衡のころだったでしょうか、大地震があって、東大寺の大仏の頭が落ちてしまうというようなとんでもない事ばかりがありましたが、今回には及びません。
それで、みな、理不尽であることを語って、幾らか心につもった鬱積も晴れるようでしたが、月日が経ち年も経た後には、言葉に出して言い出す人さえいなくなりました。
(訳は、銀ですので信用しないでください。特に最後の1行。)

地震についての記述です。


望遠鏡を逆さに覗いたように小さい小さい世界のような。それでいて凄くでかいような。
神話っぽい感じもして、、、
架空の場所のような感じもします。
が、東大寺の大仏の頭が地震で落ちた話で、リアルな日本だと思い出します。

唐突に恐縮なのですが、どうも「山ハクヅレテ河ヲウヅミ」の河は自分の中では左から右に流れています。
太平洋側の川が西から東に日本地図上で左から右に流れているからでしょうか、、、、漢文の匂いがして、同じく世界地図上で左から右に流れる中国の河を思い起こさせるから?よく分かりません。それとも、パソコンの横書きが左から右へだから?
ちなみに、方丈記冒頭の「ユク河ノナカレハタエスシテシカモヽトノ水ニアラス」の河は右から流れています。こっちは、日常にみる身近な川をイメージしている?
小生は、利根川の右岸に住んでいるので、利根川は右から左に流れています。。。。。
訳の分からないことをいって失礼しました。


諸行無常なんですが、決してすんなりとは流れないんですね。大変な事がいっぱいあって、それぞれにホントに大変なんですね。
それでいてやっぱり、「ゆく河の流れは絶えずして」とドンドン移ろってしまうんですね。
一筋縄ではいきません。
当たり前ですね。
古典とはそう言うものなのかもしれません。


水、火、風、地の四大種のなかで、変化しないのが、地であるところ地面が動いてしまった、と言うような記述がありましたが、地面が動きそうな絵があります。
下の、方丈記と同じ頃に描かれたという、山越阿弥陀来迎図です。
菩薩の乗る雲と同じくらい山も頼りないというか、グニョグニョ動きそうですね。
方丈記の山より、すんなり動いてしまう気もしないでもないです。

国宝「山越阿弥陀図」
禅林寺  絹本着色 平安時代末期~鎌倉時代 12~13世紀
shinbutsu-07.jpg

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彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

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