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再び、70年代マイルス




マイルスデイビスのget up with itのCDを購入した。
クラシックのフルーティストである家内はチャーリー・パーカーには「管楽器奏者として尊敬できる」と味なことを言って理解を示すが、これには眉をひそめるので、もっぱらヘッドフォンで聴く。
リマスターであるので、すり減ったLPで聞こえなかった細部も聴き取れて楽しい。
発売当時銀は高2だったと思う。
その後、23~4歳頃までは夢中になって、オン・ザ・コーナーからアガルタ、パンゲアの日本公演ライブまでの70年代前半のエレクトリックマイルスを散々聴いた。ちょうどアル・フォスターがドラマーであり、ビッチェズブリューとは全く違って聞こえる極端にリズム中心であった時期である。(オン・ザ・コーナーは、ジャック・デジョネット)
しかし、その後ジャズ通の連中の意見の通り、パーカーやバド・パウエル、コルトレーン、ドルフィーなど夭折の天才達、或いはジェームス・ブラウンやスライ、ウィルソン・ピケットみたいなR&Bの人達の方が切実さで勝るように思い、この頃のマイルスは聴かなくなっていった。
一時は、この頃のマイルスは一見ドロドロしているが本当は衛生無害な現代美術に通じる知識人の遊びにすぎず、松田聖子の方が偉大であると思ってしまっていたのだが、最近はまた聴いている。
もちろん、若い時分への懐かしさもある。
しかしなにより、40代になって、人間の壷、アイノツボや無垢の人が出来たときに「これって、もしかして70年代マイルス?」と不遜にも思ってしまったこと。
歌うべき切実な歌は影のようにしか現れず、膨大な細部の囁き合いの集積でしかない作品。歌うべき歌を禁じられてしまったような状態の中で如何に生き生きと何かを語るか。

しかし、あの分かりにくい作品群を聴いて貰えるのは、やはり偉い人の仕事であるからと言う面はあるだろうな。
無名の自分がこれを目指すのは、無謀?(笑)

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テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

Tag:音楽  Trackback:0 comment:9 

Comment

江戸川台のきょん URL|災害防衛論
#pYnNxVVQ Edit  2008.06.05 Thu15:29
 ピカソだってさあ、子供が(大人でも)見ると、何だこれ~? 眼がヘンなところについて~って、でも、作品を遡っていけば、
(遡らなくても、勉強すれば)いかに彼が絵がうまくて、”若くして天才”だったことは知れるよね?

 別に偉い人だから作品を聴いてもらえる訳じゃなくて、やはり、すごいから聞いてもらえるんだと思うけど。
ただ、商業的な成功と「すごい」ことは、必ずしもパラレルではないと思うよ。

 もちろん、「すご」くて、かつ商業的にも成功していることもあれば、商業的には割りと成功しているんだけど、「音楽」としては、
別に「すご」くなく、「すごい」のはルックスやスタイルだったり(笑)

 先般、兄の作品を拝見させて貰って、その精密さと準備、込められた情熱を感じたよ。それを誰か他の人と比べて、「こっちの方が偉い」と
評価した訳じゃないけど。

 だから、無謀も何も、ひたすらに自分の内なるものから湧き出るものを作り続けるしかないでしょう。そうすれば、後になって、「ああ、
さすが鈴木厚はこの当時から、こういう作品を作っていた訳だ。」と、なるかもしれない、ならぬかもしれない。

 今読んでいる、広瀬弘忠の「災害防衛論」(集英社新書)の28ページに次のような記述がある。

 「人間は社会的動物である。社会の中でしか生きられない。人間の独自性欲求と同調性欲求、その力の強さで比べると、後者は前者を
上回るのである。人間は他者に同調しながら、その範囲の中で独自性を発揮するという方略をとる。」

 さあ、なぜ引用したかわかるってものだ。兄は、いつもいつも集団の価値観から外れることを気にするようなことを書いているが、
上の書では、次のように続く。

 人は、次第に集団の価値観の中でしか物事を判断できなくなる。しかし、その集団の価値観が正しいとは限らないのである。集団の
規範が全てであるような錯覚の末に「事故隠し」のようなことも起こりうる。しかし、災害(天災に限らず、テロや疫病など)、集団が一つの
基準しか持たず、行動が硬直化して危機に瀕するとすれば、それを救えるのは、全く違った切り口から打開策を示すことの出来る天邪鬼的な
者の存在である。

 以下、未読だが、正確な情報伝達の不得手、自身の「生物」としての認識の欠落などが、現代日本を災害に対して脆弱ならしめている
、、という内容だ。

 さて、すっかり、マイルスから逸れてしまったのには参るス。高校時代、よく論じてたよね、兄達。
おれは、ちっともわからなかった。「死刑台のエレベーター」しか知らなかった。

 しかし、上の動画、あの出だしの緊張感! そう、オレはこれ以降の「ウエザー・リポート」からは聴いたのだ。若き日のウエイン・ショーターが
出てるようだけど、そっくり引き継がれてるよな、あとのサウンドに。

 6/6、金曜日、18:00くらいから、何人か八重洲に集まって飲むことに。ご都合ついたらよろしく!!
銀 URL|きょん様 
#F.S2sd/w Edit  2008.06.05 Thu17:02
いつもありがとうね。
まあ、いろいろ気にはしてますが、気にしていることを面白おかしく書くとスッキリするので。。。。
読んでる方はおもしろくないか。。。


銀窯製造の「アイノツボ」100万円は子々孫々、家宝としてお祀りいただける、高級品でございます(笑)

力のこもったコメントに歯切れの悪い、答えでゴメン。
神経衰弱のせいと勘弁してください。

サックスは多分デーブ、リーブマンだな。
ショーターの影響があるようです。
江戸川台のきょん URL|あっ! バレた?
#pYnNxVVQ Edit  2008.06.05 Thu17:27
 ショーターじゃないのか! 実は、ショーターとザビヌルの区別もつかんのよ。
じゃこは多分わかるね、オレ、ベースちょっと弾いてたから。

 上で書きかけたけど、知らんよ、「死刑台」以降、「ビッチェス・ブリュー」だか、「電気じかけ」に走ったか。
でもWikiによると、それこそ、ウエザー・リポートが、当時停滞気味のジャズシーンに観客を集めた、となってるから、
その下地を築いたという意味でもマイルスはすごいのでは? (もちろん、それ以前の、彼の本当にすごいところを知らんのだが。)

 オレ、パーカーどころか、コルトレーンやロリンズも聴いてないなあ。
今度、お薦めを教えてください。
ちゅう URL|携帯
#- 2008.06.05 Thu23:26
日中は携帯なので、外部blogを使っている人の「マイミクシイ最新日記」に表示されないんですよね。
それにしても芸術に関しては全く理解を超えるものが多いです。コメントのしようがありません。
銀 URL|ちゅう様
#F.S2sd/w Edit  2008.06.06 Fri00:55
ちゅう様
>それにしても芸術に関しては全く理解を超えるものが多いです。コメントのしようがありません。

なにげに深いコメントですな。
さんざん、書き直したのですが、芸術とコメントの関係は深すぎて頭の悪い銀にはうまく書けませんがな。
そのうち、じっくり書くべき面白い課題です。
その時まで、ほな、さいなら。
銀 URL|きょん様 
#F.S2sd/w Edit  2008.06.06 Fri13:46
パーカーは断然初期でしょう。1945~6年のものが、ダイアルとサボイにありますがな。
コルトレーンは銀的には、インパルスより、アトランティックのジャイアントステップスの近辺が好きです。
ロリンズはあんあまり聴いたことないです。
銀 URL|後記
#F.S2sd/w Edit  2008.06.07 Sat12:27
この、70年代中盤のマイルスを今になって聴くと、当時感じたおどろおどろしい感じは、全くないとは言えませんが、かなり気にならなくなってさわやかに聞こえます。
どうも、それはこの時期に限り構造が開放的というか、流動的というか、いわゆるまとまった曲という形で完結していないからのような気がします。そこが、今聴くと、インスタレーション的な現代美術のさわやかさに似ているのかもしれません。
普通の生活の次元から離れた別の次元を用意しているということなのかもしれません。
それは、ある意味不良の正しい仁義とも言える気がします。そこが、キレイに聞こえる原因のような気がします。
そこが、人間像や壷として完結することに拘る銀とは全く違うところかと思っています。

ひがし URL|
#- 2008.06.07 Sat23:08
「歌うべき切実な歌は影のようにしか現れず、膨大な細部の囁き合いの集積でしかない、、」
ごもっとも!というべきか、歌うべき歌など、鼻から実は無かったのでした、、。だから、ほら、文法を脱臼、接ぎ木すればこんなものができますよ。って、器用仕事に走ったポストモダン派と、イエイエ人間そんなものじゃありません派とのせめぎ合いは、たぶん変革期にはずっと前から繰り返されてきたのかなと思います。当事者っぽくない言いぐさだけど


銀 URL|ひがし様
#F.S2sd/w Edit  2008.06.08 Sun00:38
う~ん、難しくて分からんぞ。
しかし、一緒に行った、あのアルギンゼットスペシャル、マイルス、イン、ジャパン(新宿)の肩すかしは凄かったですね。
あの前のアガルタの頃の話を書いたのですが、アガルタは内容無いということでしょうか。
私の壷もついでに内容無い?
内容無いのは私だけ?(笑)
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Author:ぎんよう
彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

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