プチロス

木村汎著 「プーチンー人間的考察−」藤原書店を読んだ。
きっかけは、ちょっと前、東京新聞のコラムで梅原猛氏筆のコラムでの紹介。
600ページ5940円もするので図書館に買ってもらおうと、いくつかネット上にある紹介文をコピペして要望書的なものを作ったのだが、調べてみたら、意外にも購入済みで、すかさず借りて、3週間ほどで読み終えた。
以下その梅原氏の紹介文。出版元の藤原書店のHPから。
「ロシアばかりでなくアメリカ及びヨーロッパのあらゆる研究書を読み、氏一流の人間観察力を駆使したみごとなプーチン伝」
「木村氏には作家的才能が十分あり、このプーチン伝は小説のように面白く読める」
「この伝記としてすぐれた書物がロシア語訳されることはあるまいが、もしプーチンがこの書を読んだならば激怒するにちがいない。(…)この書を書いたからには今後のロシア旅行は危険であると思われる。ひょっとしたらプーチンの魔手は日本にも伸びているかもしれない。私はこの書を書いた木村氏に満腔の敬意を表すとともに、くれぐれも御身大切にと忠告したいのである」

なるほど面白かった。勿論、残忍な様は多数例示されているが、陰惨な雰囲気ではなく、飄々と明るい空気感の本。
稀代の暴君を糾弾するより戯画化していると言ったらよいのだろうか。
引用だらけなのに、読みづらくならず、スラスラ読めた。
長くて面白い小説は読み終えるのが惜しくなるが、この本もそうだった。ちょっとした「プチロス」(=プーチンロス)。
作者はもしかして、密かにプーチンが好きなのでは?少なくとも自分の本の中に立ち上がってきたプーチン像に限っては。
とんでもない悪を作品中ではよしよしとてなづけて遊んでしまう事も出来るというのも、優れた文章表現の醍醐味なのだろう。

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8月15日

今日は、8月15日終戦記念日です。
以下おもいつくままに。
僕は、1959年生まれですから、高度経済成長期に物心がつき、当然、直接的には戦争の記憶はありません。
その中で、印象が強いのは、上野動物園に母に連れられて行くと、上野公園で白服で手や足のない傷痍軍人が義手をついて物乞いする姿が怖かったこと等です。
母は「ああいう義手や白装束はヤクザが貸してくれるんだ、本当は手も足もあるんだよ」、と言って素通りでした。
また、母のすぐ上の兄は南洋で艦上病死したけど遺骨など何も戻らず紙一枚だったこと、いわき市に住んでいて女学校時代空襲をうけて、目の前で最後に校庭に残った校長が爆弾の直撃を受け?跡形もなく消えてしまったこと、機銃掃射の米兵がすぐそばにまで降下してきて、顔がハッキリ見えたが笑っているようだった事などよく話していました。
勤労動員にも行ったけどお腹が減って仕方が無かったなど。
56歳になった今思えば戦争が終わって14年で生まれたのだから、あんまり時が経っていないと言って良いんですね。
幼い頃は勿論平和でしたが、なんだかゴミゴミして思い出すのは薄暗くはりつめた空気感です。、
当時は無論子供で分かりませんでしたが、大人たちはやっぱり大きな傷を心に持っていたのかなと言う気はします。

安倍総理の70年談話ではお詫びの気持ちが、意外に表現されていた、いやお詫びの真剣さが足りないとかいろいろ言われています。
ぼくは、個人的に「お詫び」で思い出すのは、朝鮮籍が殆どと思われる在日コリアン美術家たちとの宴席で何かきっかけで、ある人に「日本は朝鮮に迷惑をかけた」みたいなことを言ったら、大笑いされたというなんだかほろ苦い思いでがあります。
日本姓を名乗るビジネスマンをしていた世慣れた感じの美男子でした。
多分、驚いたのと、まあ、堅苦しいことはやめて楽しくやろうぜ、というのとそんなに問題は簡単でないんだよ、と言うのが複雑に絡まった反応だったのだと思いますが、なんだか自分の書生臭さがとても恥ずかしかったのを憶えています。
1990年代、未だ拉致問題が表面化せず、朝鮮籍アーティストたちも自分たちのルーツを割合堂々と主張していた良い時代でした。景気もよかったし。


安保法制のことなどもあり、いろいろ思いは巡りますが、なんとか、平和で殺し合いのない世界であって欲しいと祈るばかりです。

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ぎんよう

Author:ぎんよう
彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

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