謹賀新年と日本の近代6 五百旗頭真(いおきべまこと)著 戦争・占領・講話 

日本の近代6 >>>
五百旗頭真(いおきべまこと)著 戦争・占領・講話
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二ヶ月ほどかかって読み終わった。
第二次世界大戦当時の歴史書をここのところ、ジョンダワー「敗北を抱きしめて」(は戦後のみだが)と続けて読んだが、「敗北~」は新聞の投書などを多数引用して一般の人々の声を大きく取り上げているのに対して、この五百旗頭さんの本は徹底的に政治家、天皇、官僚など指導者層について書いている。
まるで、自分が勤めている会社の、すぐそばがいる社長や部長みたいに、それらの人々が描かれていて、あのときこうすれば良かったとか、こいつはたいしたもんだ(特に吉田茂の評価が高かった。)こいつは優柔不断だとか微妙に戯画化して書いてあるのだが、内容の複雑さにしては、わかりやすくて面白かった。
「敗北~」は捉えがたい大きさも含めて世界はこういうもんだなーと言う、本物に触れた感動と安定感があったが、正直眠くなった(シューベルトの死ぬ間際のピアノソナタや弦楽四重奏曲みたい!)のに対して、五百旗頭さんの本は、少ししか眠くならない面白さだったがその分なんだか、世界が望遠鏡を逆さに覗いたみたいにミニチュア化されているような、言い換えると多少作り物じみたちゃちな感じがしないでもなかったが、ゲージツカの自分としては、古賀春江初期の菩薩を描いたキュビズムや去年3分の2ぐらいまで読んだ小林多喜二の「党生活者」を連想したりして、嫌いではないと思った。
そしで、それが、どこかよく知っている昔の日本のちょっと汚らしい匂いがするんだな。
それが、何か自分の屁を嗅いでいるようで、あんまり嫌な匂いではないんだな。
戦時中のどうしようもなく張り詰めた空気を含めてむしろ懐かしく感じてしまう。
そういう匂いみたいのは、「敗北~」よりくっきりとして濃い。
内容的には、日本のみならず当時のアメリカ政府にも潜入するかのようにグローバルかつ精緻に描かれている。
何となく歴史の必然みたいにしか考えていなかった(という事にも、この本を読んで初めて気づいた!)100万の人が死んだ戦争も、各国の指導者、軍人、役人、政治家たちの関わり合いを経て初めて現実化したという事が今更ながらによく分かった。
指導者が、遠くない未来をしっかりみすえながら状況を冷静に分析して、現実的に行動することの重要性がよく分かり、もしかすると、政治家や官僚がとんでもなく優秀ならば戦争は起きないのかもしれない思ったが、そんなやついるのかな。。。
天皇については政治的な匂いがするほど、平和的な君主として描かれていた。
東条英機にも割と同情的と感じた。
憲法9条については、冷戦構造がはっきりし出す頃で、最初から再軍備への含みを持たせている散文的な要素をはらんでいるものという解釈だったと思う。

ちなみに、これを書いているときに知ったのだが、五百旗頭さんは防衛大学の学長ということであった。


皆さん明けましておめでとうございます。
正月早々、面倒な記事ですみません。

私は、2月末の百貨店での展示会の準備で本日2日より働いています。
本年もよろしくお願いします。



陶磁とうるし・ 春の新作展
3人展です。
2011年2月23日(水)→ 3月1日(火) 
日本橋靍島屋7階ギャラリー暮しの工芸
午前10時~午後8時、最終日は午後4時閉会
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Tag:読書(文学)  Trackback:0 comment:2 

最近の私ー染め付け、高校での朗読、たむらぱん、ー

正月も終わりましたが、皆さんいかがお過ごしでいらっしゃいますか。
私は、正月2日から仕事をしていて、昨年末スランプ(売り上げを意識しすぎて萎縮していたみたい。)だったのですが、開き直って勝手なことを少し太い筆で少しだけワイルドにやることで、なんとか乗り越えて自分にしては順調に染め付けしていたのですが、どうも疲れが出たらしく右側の肩胛骨の下が痛くて眠れないほどになってしまいましたので、少し休憩しブログを書いています。


まず、この頃聞いているcdです。タムラパン。



えーとですね、去年の暮れ、この日記でもチラッと触れましたが、文化庁の子供のための芸術家学校派遣事業だったと思いますが、家内たちの高校の体育館での演奏会に、「百万回生きたねこ」の朗読で参加しました。
以前作った、木彫の大作「まき子ちゃんの像」を舞台にあげて音楽家と美術家の共演というニュアンスで、ピアノを弾いた蓮沼万里さんが作ってくださったまき子ちゃんについてのすてきな曲も演奏されました。(youtuube制作予定)

まあ、ズリパン、ミニスカートの生徒の皆さんは半分以上パイプ椅子に腰掛けたままお休みになっている感じで、家内達女性演奏家のmcの時は、「しゃべっていねーで早く始めろよ」みたいなことを言う、憎たらしい男子もいて苦労していたみたいでしたが、私的には、、でかい声と、舞台上で突然後ろを見たりだの突飛な行動で威嚇するみたいにしてまあ何とか、mcはしのぎました。
演奏をバックに朗読の「百万回生きたねこ」は普通に読みさえすれば感動すると言うぐらいの名作ですから、寝たふり(壇上から語りかける大人には素直になれないお年頃)しているようなやつもいましたが、ほとんどの生徒がしっかり聞いていた気がします。終わりに近づくにつれて顔を上げる生徒もかなりいたのが見えました。
「あの高校なら生徒がどっかへいっちゃわないかな?」とある方に脅かされていたので、大成功の部類かもしれません。
で、それは、それで、何はともあれ、無事終わったわけですが、どうも、その後の、1週間ほど、なんか微妙に興奮してソワソワした気持ちになっている自分がいて、ビックリ。
どうも、自分の作った、おしりが出そうなミニスカートにルーズソックス・大根足の女子高校生の像を見せながら、これまた、おしりが出そうなミニスカートナマ足の女子高校生の群衆(男子もいたが)の頭上にに自分の声を壇上からビンビンと響かせるという行為が、なんだか時ならぬ刺激になったようで、恥ずかしながら、50男の体内に♂ホルモンが多少余計に出た気がするんですね。
まあ、久しぶりに人前に立った興奮がさめないということでもあるのだと思いますが。
そのせいか、どうも、おっちゃんは、なんか、急に青春ぽい甘酸っぱい音楽がが聴きたくなっちゃいまして、どういう訳か頭に浮かんでほしまったのがこのたむらぱん。
まず、気に入ってiTunesで購入したのは、「桜」や「学校」、「卒業」と言った言葉が歌詞にある「ちゃりんこ」なのですが、結局ファーストアルバム、セカンドアルバム両方買ってしまったのです。
はじめは、チャリンコなど入っているセカンドアルバム「ノウニウノウン」が気に入ったのですが、何回も聴くとこの「アミリオン」の入っている1STアルバム、「ブタベスト」の方が音楽が強くて良い気がしてきました。
1stは、最初どうも、頑固で自分の世界に固執する美大女子学生風な感じが、多少鼻につく気もしたというか、拒否される感じを思い出したりしたのですが、繰り返すと好きになりました。
♂ホルモンが通常になっている現在も繰り返し聴いています。

たむらぱんは娘たち二人も、どういう訳か家内も割と気に入っているみたいです。

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まき子ちゃんの像 チーク材 寄せ木
今の高校生は、ルーズソックスははかない。
「どうしてはかないの?」と、女子高生のみんなに呼びかけて、聞いてみたところ、もじもじしていたが、なおもしつこくきくと「校則です!」の鋭く響く女子の声。「それじゃ履きたいんだ?」と聞くと、小さく頷いていた。
はやりが過ぎたためではなくて、全国的に校則の締め付けがきつくなったためと言うことなのだろうか。
演奏会が終わって、放課後になった体育館から3つのパーツに分解したまき子ちゃんの像を台車に載せて搬出していたら、バレー部らしき女子が「まき子、バイバイ!」と声を掛けてくれて嬉しかった。


DSC_0739.jpg
絵付けを終えた磁器の素焼き素地。
これは、本人的には割とうまくいった気がしている。
DSC_0741.jpg
勝手なことをやったらば、定番の植物模様も楽しくなってバランスがちょっと良くなった気がする。
こちらも、少し太い筆で少し太い線で描いている。

この後釉を掛けて高温で本焼成して出来上がり。

Tag:陶磁器  Trackback:0 comment:12 

プロフィール

ぎんよう

Author:ぎんよう
彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

我が家の掃除機の塵の放射性物質
Cs137:641Bq/kg(検出下限39.7)
Cs134:211Bq/kg(検出下限19.3)
Cs合計:852Bq/kg(検出下限58.0)
採取時期:2014/1月~2014/3月

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