けいおん

ケイオンと言うアニメが子供たちの間にはやっているそうだ。
深夜番組なので、小6の上の子はyoutubeで夢中になってみていたのですが、現在は削除されて見られないらしい。
公式サイト
自分も見てみると、深夜番組なのに、ひたすらキャピッと純情、不良性はまるでないので、正直ひとあんしんはしたのだが、どうも50男には、声優たちの演技、ストーリー、そして歌がベタに思えてまるで駄目。

よく分からんたとえかもしれないが、娘たちが好きな人気のロックバンドの「いきものがかり」はJ-POPの中でもあんまり好きなほうではなかったのだが、「けいおん」のベタさに比べれば、コビかたが遥かに不器用で個性的な事に気づいた。やっぱり激しいんだな。

しかし、しかし、このアニメはかなりの影響を我が家にもたらした。

1、上の子が以前ある方から頂戴してそのままになっていたエレキギターを弾き始めたのだ。
折しもMacを新調したのだが、おまけについているティムなるイケメン西洋人が先生のソフトで練習している。
チューニングだってパソコンが音を拾って高いだの低いだの教えてくれる。
しかし、DSより遥かに親としては嬉しいので応援しているのだが、まだ夢中というほどの集中力は発揮できていない。

2、けいおん部員の台詞にあるジミーヘンドリックス、ジミペイジの名前で思い出して、久しぶりにジミヘンドリックスを聴いて、その素晴らしさに感動した。
親父の青春時代のロック(敢えて本物とは言うまい)を娘に分かってほしくて掛けてみたのだ。
娘たちは全く反応を示さなかったが、自分ではまってしまった。
その勢いでオリジナルアルバムで唯一持っていなかったバンドオブジプシーズを買ってしまったのだが、やっぱり、エクスペリエンス時代の4点のアルバム(スマッシュヒッツを入れて)。
今回はアップフロムザスカイ(ボールドアズラブより)のような小さなフワフワした感じの曲にひかれてしまった。

以来、あれほどハマっていたクラシックを全くというほど聴かなくなってしまい、また結婚前のようにロックやソウルやレゲエばかり。順応性の高いクラシック演奏家であるところの女房は、ボブマーリーって独特の上手さがあるね、とか言っている。
(というか、妻はクラシックのCDが嫌いなのかも)

今更のように、テレビって凄いなと思った次第です。

DSC_0011.jpg

追記
ギターを送ってくださったsさん本当にありがとうございました。改めて御礼申し上げます。
やっとヒョンなところから、少しずつ練習を初めてホッとしております。
これから、じわじわアメリカの音楽の面白さを教えようと思っています。


注*家の娘ではありません。
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昭和の小学校校舎

一昨日、PTAの用事で、一日中、小学校周辺にいた。(家庭教育学級フルートコンサートのカラオケがかり、家庭教育学級陶芸教室の作品引き渡し、PTAの幹事会、およびマムシ看板補充二つ目の設置)
今回役員をやってみてよく分かったのだが、景気悪くてが一番大きいと思うのだが、多くのお母さんたちは、ほとんど一日中働いているか、生まれたての子供の世話でもの凄く忙しい。
今回の郊外指導部というところの運営は、まあ、割合頻繁にメールを送信してみんなの気持ちを丁寧に聞いて、やれないものはやれない、情報だけは全員で共有しておこう、ぐらいの感じでしか出来ていない。廃校、合併が近い事も皆のモチベーションに陰を投げかけているだろう。
以前なら、自分一人でいろいろやりきってしまっただろう(以前中心になっていた地元美術展ときのように)が、体力も衰えたし、自分もそれなりに忙しくて精神的にも余裕が無い。
と、いろいろ、考えて非常に疲れたが、この小学校のもうすぐ取り壊される旧校舎はいつ行ってもなにか、とても、良い気持ちになる建物なので、合間に撮影してきた。

耐震がだめということだが、廃校になるときに壊されるのだろうか。

自分が通った千葉県流山の小学校も頃昭和40年代に木造校舎を壊して鉄筋コンクリートの校舎に替わったがこんなに面白い丁寧に作られた建物だったとは思えない。
この小学校は取手に合併される以前の村の時代から100年もの歴史を持っているようだが、こんな田舎に似合わないと言ったら失礼だが、かなりモダンなものだ。
どうやら昭和40年代に立て替えたものらしい。
経緯はちょっと調べてみたがウェブ上には出ていなかった。

何か昭和のきれいな夢が廃墟になりつつあるという感じでちょっと感傷的な気持ちになるのである。

中庭
向かって左は教室、突き当たりと、右は廊下。
壁面や、池も丁寧にデザインされている。
写真 - 0049


突き当たりの廊下。
あがた森魚かはちみつぱいの世界だ。
写真 - 0052

中庭右の長い廊下。くねくねと迷路みたいで楽しい。
写真 - 0048


中庭左側の教室。フルートコンサートの会場だった。
直射日光よけのブラインドみたいなすのこ?がついている。木製だが、ブレード一つ一つが刃物の刃のような形に成形されている。窓から中庭が見える。長女は二年生をここで過ごしたが、今は常時は使われていないらしい。
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写真 - 0047


子供の作品。凄ーい。
写真 - 0050


マムシ看板設置した。
PTA会長、副会長が手伝ってくれた。
3人とも地元社長。私に社員はいないが。
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後記
9月17日
本日、運動会の準備で小学校へ出かけて、付近の顔役に聞いてきたのだが、昭和39年の建設だという事。
そのころ、こういう建て方が流行で、見学者も随分来たらしい。
ほんまかいな。
とすると、我々の小学校時代の無味乾燥な鉄筋への改築より大分前という事だが、こういう校舎が流行っていた時期があったということ?
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夫婦で大解決!=でかいポットミルマシーンで小さいポットを回す方法=

書き出し2
(頂いたコメントで、ポットミルの仕組みが分かりづらいと言うご指摘がありましたので、9/12に加筆させて頂きました。)


皆さん、ポットミルというのをご存知ですか。
電動乳鉢という感じですが、磁器のポットの内側が釉薬がかかっていなくて、そこに、これも無釉の小さな磁器のボールとがゴロゴロ入っている。
釉薬だの砂っぽいものを水に溶いてそこに密封して、ポットの胴をポットミル機のゴム付きの回転軸に掛けて壷ごとゴロゴロと何時間か回転させると、釉薬の粒子が擂れて細かくなるのである。ボールが中でお互いこすれ合ったり、壁にこすれる間に材料が入って、乳鉢と同じように擂れるのだ。
写真向かって右の棒が回転して動力を白いポット(中に釉薬とたくさんの磁器ボール)の胴に伝え回転させる。
向かって左のバーはフリー回転する。

なぜ、釉薬を擂るかというと、釉薬がよく熔融するとか、バケツにためた釉液中の長石が沈殿すると水の底に石みたいに硬く固まってしまって大変なのだが、沈殿しにくくなるとか、いろいろいわれるが、自分的に必要なのは、篩に通したいからだ。
なぜ篩に通すかというと、磁器中心の自分にとっては、釉薬に鉄粉が混入していると出来上がりに黒い点が出るのが嫌なのだが、それをとるには非常に細かい篩を通して不純物を除去するのだが、200目(一寸を200本の線で区切る。つまり1寸=約3.03cm平方に200×200で40000個の穴がある篩目だという)の篩を通ってしまうものは肉眼で見える点にはまあならないと、或る先輩に教えて頂いた。
一般に磁器用の釉薬と素地土(水に溶かすと)は、濃度が低ければ(45ボーメ以下)その200目の篩を軽く通るほどの細かい粒子だ。

で、長々と釉薬を擂る事を書いたが、今回は釉薬でなく、粘土に混入する鉄分の話だ。
焼き物の中の微量な鉄というのは、微妙に不完全燃焼傾向の窯の中で焼くと、青く発色する。(酸化第一鉄)
それが青磁の理屈だ。
多くは、釉薬の中に微量の鉄分(酸化第二鉄)を入れて釉層を青くするのだが、自分は粘土の中に1%未満の鉄を混入して釉層の下の素地を青くしている。
理由は要するに最初にそうやってしまったので慣れて、それがやりやすくなったという事がまず大きい。

私は模様イノチなので、彫刻刀で彫った模様が見えるよう、砧青磁のように乳濁した釉を厚く掛けるのでなく、薄くて、透明度の高いのにしたいのだが、
まっ白い素地に鉄分の入った釉でやると、着色ニスを掛けた木彫りと同じ理屈だと思うのだが、出っ張ったところの釉が薄くかかるので白っぽくなり、へこんだところは、釉がたまって厚くなるから色が濃くなるので、割と強いメリハリがついて、いわゆる影青(インチン)風になる。
それに対して、釉よりも素地に鉄分を多く含ませると、出っ張ったところも青く発色する。そして、釉はクリアニスみたいなものなので、ことさらなメリハリはつかず、釉の底にある凹凸が光を浴びて陰影がついて見える傾向になる。
木灰の釉である事もあって、割合穏やかな表情の高麗青磁風になるのだ。
まあ、実際は素地の鉄分が釉中に溶け出すというし、灰自体にも微量の鉄分が入っていて、こう単純ではないのだが。。
その他、釉の高温での粘度、泡の入り具合、微量のマグネシウム、カリかソーダかとか、焼き方とか要素はいろいろ。

銀窯青磁インチン風
インチン、灰釉1
インチンの釉、鉄分(酸化第二鉄=ベンガラ)が入っている。赤いのが鉄分だがこれが、還元焼成で青く発色擂るのだ。
インチン、灰釉3

銀窯青磁高麗青磁風
灰釉1
ナラ灰釉、鉄分は添加していない。白素地だと染め付け釉とほとんど変わらない色。貫入はでるが。
インチン、灰釉2

しかしながら、陶芸材料店に売っている酸化第二鉄粉であるところのベンガラ(昔はインドのベンガル地方の土だったからだそうだ)は意外に粒がでかくて焼き上がりに黒い点々が出る。
150目の篩でも通る分もあるが、全く通らない粒子が一つかみ残るから、ポットミルで10時間ほど擂るのである。

模様とロクロにパワーがあれば、黒い点々なんて味になっちゃうのだが、やっぱりそこはデパートで売る食器だ。
清潔であるに漉した事は無い。このごろは以前より鉄分を減らして水色系にしているし。
まあ、どう見えるかもあるが、やりだすとそればかり気になってくるというかムキになって、とにかく一つも黒い点が無くなるようにしたくなるというの大きいのだが。。
書き出し1
写真はベンガラとポットに入れる、磁器ボール。実際は30個も入れる。

で、自分の場合、粘土の重さに対して0.5%(粘土乾粉に対してだいたい0.6%強)のべんガラを入れるのだが、10キロの粘土に対して50グラムだ。
そうなると冒頭の写真にあるようなでかい24cm径のポットだと、ポットの内側についたり、ボールについている水溶きベンガラをかき集めるがえらい大変で無くなっちゃう分が多い、
それと、この酸化第二鉄というのは血の色と同じ成分のためだと思うのだが、人間の目は非常に敏感に反応する。
それで、ポットで擂るとボールやうちがわに赤い色がついて、なかなかとれないのだが、それが、もうごく微量でも真っ赤っかに見えて、とにかく他の釉が真っ青になっちゃう気になって嫌なのでベンガラ用は他のでやりたいのである。
真っ赤っかが大展開するのはとにかく嫌なのだ。
そこで、径9cmというちっちゃいのを購入した。写真がいつもの24cmのぽっと。真ん中が9cm径のポット。安いし。
右が中入れる磁器の玉。
DSC_0015.jpg

ところが、ところが、機械の二本のバーを狭めてセッチングしても、乗るには乗るが、どういう訳か、滑って空回りしてしまってまわらない。
ポットミルマシーンのトリセツには径15cmからと書いてあるのでメーカーのシンポ東京支店に電話して聞いたのだが大丈夫という事で買ったのだが、やっぱり駄目。
実は9cmを買うつもりなのに12cmで大丈夫かと間違えて聞いてしまったのだ。

もう、ポットの店のグッド電気に「クレームじゃないですよ、何かヒントを教えてください』と電話したらシンポさんに相談してくれとつれなく、シンポの京都お客様相談室に泣きついても、気の毒そうに「どうしようもあきまへんな、』、窯を買っていろいろ相談に乗ってくれている大築熔炉に電話すると「おっしゃるように、回転数を減らすのは良いが、大変だし、、ロクロにセットして小さいポットを回す機械が中古で8000円、それとも15cm径のを思い切って買ってはいかが?」といわれたり、大騒ぎしたがラチがあかず。

大変凹んでふて腐れていたのだが、家内が見かねてアトリエにやってきて、滑らないようにゴムをポットに巻いたり、径を大きくしようとプチプチで巻いたりいろいろしていて、出来る分けないよと冷ややかに見ていたのだが、「やっぱり重さが無いのがだめなんだ、庭の石臼をつけたらどうかしら?」というのを聞いてひらめいた。

じゃーん、これぞ裏技、でかい24cm径のポットの中に、9cm径のを仕込むのさ。!
小さいポットはでかいポットの蓋の変わりに作った合板の蓋にヒモでくくりつけて、でかいポットの中にセッティングするのだ。
書き出し3
書き出し4

おそれいったか、グッド電気、日本電産シンポ、大築ドン。

しかし、小さいポットの中で、磁器のボールの踊るチャラチャラ言う音が、大きいポットの中で反響してうるさいのが欠点。

なお、擂ったベンガラは、いつもは、しゃばしゃばに溶かした粘土に入れて撹拌して篩を通してから寝かせて沈殿させ、石膏鉢で水を抜いてロクロにかけられる状態に持って行くのだが、今回は急いでいるんで、水に入れて擂ったベンガラを板の上に薄くのばして、その上を端から、少しずつタニシ揉みと言う磁器特有の粘土練りをしながら粘土の塊を歩かせ練り込んでいる。大丈夫かな?
ロクロをした限りでは、問題ない。
タニシ
あまり上手いとは言えないと思いますが、自分のタニシ揉み(これはベンガラは入れてません。香田陶土天草撰上)
青磁土1

たかだか、0.5%でこの濃い赤。
やっぱり、人間は鉄の色に敏感だ?
これが水色になる。




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美人とはなにか=陶器市のご案内=

人間、見た目が9割という話も有り、かなりあたっていると思う今日この頃ですが、自分はまあ、一応背はかなり高いので最低とは言えないにしろ、客観的に言って、見た目が人より優れているという事は無いと思います。

「話してみると良い人なんだけれど、神経質そう。」とか、家内を見て「美女と野獣、どこで知り合ったのですか。」「失礼しました!ご主人でしたか!』「よく結婚できましたね。」とかしょっちゅうではないが、ときどき言われる。
勿論、あんまりいい気はしないのだが、そういうことを自分に言うやつは「鈴木さんは、そういう事を全く気にしていない人」と思っているフシが有って、どうやら悪気は無いようなのだ。
まあ、あんまり鏡を見ないし、服だって必要最低限しか買いに行かないから、そう気にしているとは言えず、文句は言えないのだが。。

しかし、こんな私でも、2年に一人ぐらいだろうか、ごくまれに、「かっこいい」と言ってくれる人にであうのである。。

そして、そして、そういう人は、驚いた事にというか、嬉しい事に、どういう訳か、ほぼ決まって美しい女性なのだ。
自分のことを、かっこいい等と行ってくれる奇特な女性だから女神様に見えて美しく見えるだけなのではない、
一昨年だったか、デパートで展覧会をやっていたときにある方が「かっこいい」と言ってくれたのだが、そのときのグループ展の相棒の若い陶芸家が、その方が帰った後に「凄い美人」と言っていたから、客観性はあると思うのだ。

なぜだろう?
まあ、平たく考えて、自分の容姿にコンプレックスが無いから、いわゆる美形に憧れないのではないだろうか?
それと、多分、心根に優しいところがあるんだな。

ちなみに、自分の作品をよく買ってくださるお客さんも、不思議な事に、すべてとは言わないがかなりの確率で、美人だが、なぜだだろう。。。。。

美しくなりたい女性諸君!私の事をでハンサムだと言える境地は無理でも、私の作品は10000円以下でも買えますのでいかが?
というわけで、銀窯出店の陶器市のご案内です。


■第10回みやぎ村田町蔵の陶器市
開催日時 
平成22年10月 15日(金)16日(土)17日(日)  午前10時~午後6時  午前10時~午後6時(17日のみ~午後4時)
会場 蔵の町並み
お問い合せ先 みやぎ村田町蔵の陶器市実行委員会(村田町商工会内)TEL 0224-83-2267
http://toukiichi.com/
=?iso-2022-jp?B?GyRCSj8jMiMxRy8hIUI8RURGKzRvO1QhIiRIJHMkSCRzGyhCIDAwNS5q?=	=?iso-2022-jp?B?cGc=?=

DSC_0108.jpg

DSC_0113.jpg

青磁の模様を彫り終わったところ。この後、完全乾燥、素焼き、施釉、本焼成で出来上がり。
これが、水色になります。


テーマ : 美と健康!
ジャンル : 心と身体

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ジョン・ダワー著「敗北を抱きしめて」

ジョン・ダワー著「敗北を抱きしめて」という本を読み終わった。
日本の敗戦と占領の時期を扱った歴史書であったが面白かった。
まず、1959年生まれの私の子供時代の記憶で、ああこういう事で、あの事はああなったんだ!という風に目から鱗ということも多かった。
一例を挙げると、私の子供の頃の父母たち、小学校の担任など大人たちの戦争についての話では、「天皇陛下にそんなに大きな裁量権はなく、一部の軍人が突っ走って戦争になった」という風に話していた記憶があり自分もそのように思っていたのである。
が、それは多分にアメリカ側の意向、特にマッカーサーは非常に天皇を大切に扱ったようで、その戦争責任をかなり作為的に覆いかくしたいう事に由来するところが多く、やはり天皇に責任は無しとは言えないようであり、なかなか衝撃的であった。
総じて、ダワーは一般に今日、日本古来の国民性とされているような事、例えば、おかみの言いなりになりやすいところ、責任の在処を明確にしないところ等は、必ずしも固着のものではなく、占領時のアメリカの施策と戦時中からの官僚組織、返り咲いた政治家、大資本家たちが、あるいは無作為に温存、あるいは手を携えてい作り上げたところがあると見ていたように記憶してるのだが、なにせ、あまり普段から読みつけているとは言いがたい分野の複雑な本でもあり、5ヶ月もかかって読んでいるので最初の方は忘れてしまって他の本とごっちゃになっていたりするので、しかとは言えない。。

そして、東京裁判、天皇の戦争責任、新憲法、検閲など、一般の日本人が大きな声で語るのも憚られるような難しくて重い問題をも扱っているのだが、登場人物達は、天皇もマッカーサーも東条も、非常に生き生きと描かれている。
みなどこか滑稽なひとりひとりの人間であり、悩み恐れ考え、多くは自分の都合の良いように行動し、まれに義のために闘うこともある。
数多く登場する庶民を含めて、それらの人々が、非常に複雑に、有機的に、時に散文的に、時に明確に因果を持って緻密につながって行って話は進んで行くのだが、まるで本の中に、世界そのものがあるというくらいのリアルさとひろがりがあるように感じた。

個人的に、自分は組織音痴で、一生懸命のつもりが気がつくと独善的でまわりに大迷惑とか、妙に上司にへこへこしたりとかいう事が、短大非常勤時代、嘱託社員時代、そして今でも時々あって恥ずかしいが、どうも戦中戦後の間違えてばかりいる美しいとは言いがたい人々の群像を目の当たりにしていると自分を見ているような気がしてきて嫌だし、
また、時折、書いたり話したりしている戦後史に対する自分の考えの適当さが不安になったり、読んでいて辛い面はあった。
そして、我々がごく小さい頃、昭和30年代にまだ残っていた、ゴミゴミした埃っぽい敗戦国の雰囲気も色濃く漂っているのだが、
なぜか、全体的に言うと、、清潔と言っていいくらい気持ちのよい読後感が残っている。
当時のアメリカにも容赦のない目を向けるアメリカ人ダワーの姿勢も潔く、結果的に日本人には優しいところがあるし、あるいは、非常にこなれてはいるが、やっぱり翻訳を意識させる文章の肌触りか、くどくど理屈を並べないテンポの良さか、ユーモアのセンスか、いろいろ含めて文学的才能が非常に大であるという気がした。

実は、この本を読むのは邦訳出版直後についで2回目なのだが、今回の2回目は新しく図版の非常に多くなったという改訂版で読んだのだが、そこも良かった事も付け加えておきたい。



haiboku1.jpg
haiboku2.jpg



テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

Tag:読書(文学)  Trackback:0 comment:10 

プロフィール

ぎんよう

Author:ぎんよう
彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

我が家の掃除機の塵の放射性物質
Cs137:641Bq/kg(検出下限39.7)
Cs134:211Bq/kg(検出下限19.3)
Cs合計:852Bq/kg(検出下限58.0)
採取時期:2014/1月~2014/3月

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