近況報告と時事あれこれ

お久しぶりです。
少し実験的な大作染め付けの制作がほとんど、営業活動を少し行うの毎日でした。
営業はやはり玄関払いもありますから辛いですが、今年の一月の窯の分は半分ほど売れ、来年春に焼き物での初めての個展が決まったのは本当に嬉しかったです。

で、あれですね、昨今の世情ですが、景気がどん底からは少し抜けつつの噂は嬉しいですが、あの密約問題はなかなか強烈なものがありました。何回新聞記事を読んでも複雑すぎてよく分からないのですが。
私には何かあまりに安定して永遠にこのまま続くに見えた世の中(平和ボケのお坊ちゃん暮らしを続けていたからかもしれませんが)は時の流れと共に完璧に終わりましたが、それもアメリカの核の傘の下の太平であって、その傘も理念やルールよりも密室の中のあうんの呼吸みたいなものに支えられていた部分が大きいのだ、と今まで盤石と思って立っていた足下の地面の不安定さに始めて気づいたという感じでした。
砂上の楼閣と言ったら言い過ぎでしょうか。

もう一つ、気になるのが、高校授業料無償化に朝鮮学校を含めないという話です。
日本人の中卒の人には恩恵が行かないし、拉致被害者の方々の断腸の思い、本国の振る舞いなど、無償化に含めないという話も分かりますが個人的には30年来の友人に朝鮮籍の才人アーティストA氏がいる事が大きいのですが、無償化に含めて欲しいと思っています。
A氏は日本語で話していればmac使いの普通の友達で、この間の百貨店のグループ展にも来てくれたらしいし(期日を間違えて終わってから来たらしい)、彼の個展の初日に行くとレセプションは朝鮮籍の人達ばかりで、朝鮮語が飛び交う中に一人でいる元サヨク系日本人としてはナイーブな罪悪感でかなり緊張はしますが、前々回の取手アートプロジェクト・オープンスタジオの時は、教え子(?)の朝鮮大学校の生徒さん達(ギャル風のもいてびっくり)大勢やA氏の個展で顔見知りの朝鮮籍の画家をつれて来てくれたりで普通に和やかにつきあっています。
これを機にいろいろタブー視せず皆で考えてみると良いと思います。

そんなこんなでいろいろ考えたりビビッたりしつつも、相変わらずの暮らしをしています。
新しく気に入った音楽、染め付けの裏技なども書きたいのですが、後ほどまた改めて。

追記(3月15日)さらに17日に加筆しました。

高校無償化の問題では、本文にも書きましたが、古い友人がいることもあり、参政権の問題とは全く別であって、政治問題が未成年に不利益をもたらすことはやっぱり問題があるのではと思い蛮勇をふるって書きました。
政治的な信条では違いがあるかもしれませんが、朝鮮籍が北朝鮮籍そのものではないですし、生まれてきたときから日本にいて、バイリンガルの人が多いようですが自分が多少知り合った範囲ではやっぱり日本語の方がピタッと来そうな人達で普通の東洋人です。決して犯罪者ではないのです。

で、もう一つ、自分が神経質なせいもありますが、この程度のことをネット上で匿名でなく書くのにかなりの勇気がいることがシャクで敢えて書いた面もあります。
しかし、今までも多少政治的なことも書いてみていたのですが、、どうしたって新聞の焼き直しみたいな書き方になるのですが、それもアーティストしてはシャクです。気にしているとますます書けなくなります。
お上か、マスコミにしか言葉がないと言う感じですね。
それは、何かとっても不健康な気がするんです。
50になってブログを書くようになって始めて感じ始めたことなのですが、なんか、でっかいものの言いなりになっちゃう感覚があるんですね。、時々は、出来るならば文章を工夫して抵抗したいものです。
その際、匿名でやるのも大きな手だとは思いますが、とりあえず、今回は事が差し迫っていますし、良くやり方も分からないので文章をなるべく素直に自分の感覚で書くよう努めてブログでやってみました。

しかし、なんだかいろいろ難しくて、こうも思ってしまいます。
やはり、残念ながら日本人の感覚では政治的な言葉は古来より、なんらかの権力の場にある人にしか許されないのが当たり前なのではないだろうか。。
今、ネット社会になって一般の我々一人一人にも、言おうと思えば大きく意見を言う場が与えられましたが、最近やっと考え始めた自分にはどう対応するべきかまだ全然分かりません。
先に述べたとおり、匿名で思いっきり書いた方が良いのかもしれない。
でも、それでは、言葉に本当のリアルな力がこもらないのではないか。
いろいろ考えますが。。。

関係ない気もしますが、作品だけは、百万人と言えども我行かんの気持で妥協なく行きたいと思いますね。



スポンサーサイト
テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

Tag:つれづれに  Trackback:0 comment:4 

無用の長物(仏)か?素晴らしき白馬大仏の世界

白馬大仏書き出し
細部はこちらのサイトでご覧下さい。感想もある意味的を獲ていますので是非。http://f39.aaa.livedoor.jp/~ookita/2000-104hakubadaibutu.htm


かなり前だが、昼のワイドショウで「無用の長物(仏)」と題して、バブル期に立てられて、現在は寂れて人も来なくなり扱いに困っているような大仏の特集している番組で発見。
いくつか、出ていて他の大仏はなるほど下らないと思ったがこれだけは、かなり良いと思った。
何処がよいかと言うのを説明するのはかなり難しい(小生の小さな文章能力ではシンプルなことの説明ほど長くなってしまう)のだが、無理矢理言葉にすると

1,偉そうに見せよう、ありがたく見せようとかの、余計な色気がなくて正直な感じがする。これが結構やってみるとむずかしいのだ。

2,顔が一見かなり変な顔だが、よく見ていると味わい有っていい顔に見えてくる。
別に明るいばかりが良いわけでないが、この仏像は陽気で無邪気な感じが可愛い。
良い仏像、特に貞観、弘仁仏(平安前期)は、一見変だがよく見ると好いお顔ということは多い。例、新薬師寺、ご本尊(ファンの方、お気に触ったら申し訳ありません)。>>新薬師寺公式サイト

今日、日本人が仏像のイメージとして普通に抱いている平安後期の藤原仏(例えば平等院鳳凰堂の阿弥陀如来)のような上品で繊細な表情にすると残念ながら形に力がこもらず、かえって実は媚びた下品な表情になりやすいと自分は思っている。
今回の無用の長物(仏)として出ていたのにも、藤原仏プラス女優さん的美人顔のがあったが、自分的には×。
パッと見で良いお顔で芸術作品としても良い仏像だと方々丸く収まって素晴らしい思うが、どうやらこの末世では無理だとおもう。
ごく小品をのぞけば、作品としての良さか、イケメンかどちらかで、両方そろうのは、鎌倉までの名作だけだろうと思う。たとえば法華寺の十一面観音像のような。
特に江戸以降は生き生きした仏像はほぼ決まって木喰のような異形のものだ。


ところで、全く関係ない話なのだが、今日、風呂に入る前に鏡を見て思ったのだが、私は醜い、無男だ!
こんな顔で50年も生きてきた。実に悲しい!
良くこんな顔で結婚できたものだ。
すみません、脱線しました。

3,髪の表現など斬新。日本の仏像は地肌にパンチの一房、一房をボチボチと植えるかそのように見せているのが普通だが、これはボチとボチの谷間が浅くどっちかというアフロに近いところがある。妙にヌメヌメ生きている。
こういう表現は黎明期の仏像例えば、中国北魏仏にもある。

4,全体がギクシャクし、スキがあるように見えながらも独特な連動をしていて軽やかな形である。
横顔の写真を見ると顔がお面かぶったようで後頭部となめらかにつながっていない。そこはピカソがキュビズム時代に影響を受けたアフリカ彫刻風だ。
先にちょっとふれた新薬師寺のご本尊は多少面妖だが、全体の形がソウルフルに有機的に自然に連動しているというか、腹に力を込めた形のパワーがなんとも素晴らしいがそんな本格的なものはない。下手くそに素人臭く見える。
しかし、そう言う一見バラバラに見える形になったときにこそ出てくる良い感覚というのも有るのである。
貧しきものは幸いなるかなというかんじか、末法の世をリアルに象徴しているのか、悪人正機説かなんと言っていいか分からないが、そうなるとなんか居心地が良くなって、頭の蓋が開く感じである。
考えてみると昔から形をギクシャクさせている宗教美術はあるから(例えば、ローマ末期からロマネスクの中世ヨウロッパなど、)割合普通のことの気もする。

来歴だが、バブル期に温泉で一儲けした男が、宗教法人にして作ったらしい。>>>
テレビでは、成功者の自己顕示と金儲けのためと言う面が多いというような説明であった。そうかもしれない。
その後、震災があり景気も後退して寂れてしまい、今は倅(と言ってもかなりのご高齢)が一人で管理しているらしく、以前は一般人も入れた胎内には創業者の胸像があった。
作者も分からない。案外創業者が自分で原型を作るか、日展の先生の入り立ての書生みたいなあんちゃんかもしれない。案外土建屋の器用な職人さんか石工さんかもしれない。まず名前のある彫刻家ではないだろう。少なくとも正統的な仏師としての教育は受けていない人だと思う。

鳥越俊太郎氏が出ていて、奈良の大仏は国家が権威を誇示する面もあったが、真面目な信仰心にも裏打ちされていた、しかし、バブル期の大仏は金儲けのためだけだから良くない、と言うようなごもっとな発言をしていたが、たとえ、どんなにいかがわしい動機で作られていても、良い作品がどういう訳か出来てしまうことがまれにあるのが人間と芸術の摩訶不思議で楽しいところだと私は思う。。

よく見れば実に笑えて楽しい作品だと思う。
バブル期の狂騒の恥ずかしさと現在の暗さががすこしやわらぐのでは。

経営側のリンクはこちら
http://www6.ocn.ne.jp/~h-kanko/

しかし、こんなの好きだからお前の彫刻はからっきし売れなかったという声が聞こえそうだ。
たしかに、先日も某画商さんから3点まとめて依託木彫小品の返却。
最後に一つあげておきますので、ご高覧を賜りたいと存じます。

70万円ですが、なにか?
scan20040608_171133.jpg


テーマ : アート
ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag:美術・彫刻・絵画  Trackback:0 comment:5 

最近気に入った音楽と染付の仕事場

先回のコメントの最後にチラッと書いた今週の飛び込みの百貨店の展覧会はどうやら、小生は出さなくても作品が揃うと言うことでやっぱり出番がなくなりましたが、3日ほどですが急に物凄く働きかなり疲れましたものの、次ぎにしっかりと企画した展覧会(2人展?)を企画すると言う話になったし、集中してスイッチが入り、売れ筋方向の染付がバリバリできる体制になったので気持的にはかなり良い状態です。

ということで、久しぶりに音楽の話。
ストレスを感じるとついインターネットで中古CDを探すのですが、この頃はまあ月に2枚か3枚ですが、かなりビックリしたのが、中村一義です。

一部では天才と言われているようですが、全く小生は知らなかったのですが、FMで世界のナベアツが出演していて紹介していました。
ナベアツは一義君を聞いて泣くのだそうです。

最初聞いたときは、何か古い我々がかつて聴いた音楽を思い出しました。なぜか大瀧詠一のナイアガラの初期のころを連想しました。
いくつかyoutubeで探して聴いていたのですが、子供達は歌い方が黄土色だ、う○こ臭いと言って笑う(この高音の歌い方が生理的にイヤだという人もいるらしいです)し、あまりぴんと来なかったのですが、妙に気になり(正直、評論家筋に高評価なこともあって)聞き込むうちに好きになりました。子供達も割と好きになったようです。
購入したのは、ファーストアルバムからサードアルバムまで。
小生的には、暗い孤立しがちの青年が閉じこもって音をいじくり回しているうちに何だか手の体温で柔らかくなって形が歪んでしまったみたいな感じのある、1stアルバムの「金字塔」と2stの「太陽」が今のところは好きです。
自宅で、ほとんど全ての楽器を一人で演奏して重ねて音源を作るのを宅録と言うらしいのですが、その元祖のような存在らしいです。>>>ウィキ





次ぎに、クラシックのバイオリニスト、ジャニーヌ、ヤンセンのメンデルスゾーンバイオリンコンチェルト。
少し音に苦みみたいなものがあって、なにか、少しトゲトゲした肌触りのドンドン進む感じが、気持以上のものはなにもないというような、熱く正直な感じが好きです。
天分も技術も凄いのだと思うのですが、親しい友人が演奏しているのを聴いている気になってしまいます。
曲も最高ですよね。
美人。


やっぱり、染め付けの話に戻って呉須(ごす)と呼ばれる絵の具を溶いた乳鉢。
右上の注ぎ口の角が少し角張っているのでそこでのみ筆をしごく。
特に、細い線を要求される小品では筆に余計に含まれてしまった絵の具をピッと落として量が正確にコントロールできないと困るので重要。

沢山といておかないと、乾燥と水分だけ筆から素焼き素地に吸い込まれるからだろうが濃くなってきてしまうので、径15cmほどのかなりでかい乳鉢。
以前は、鉄分やマンガンの多く含まれた昔ながらの唐呉須(味はあるが不安定)を使っていたが、最近は細い線を多用するので、毛筋ほどの細い線が安定してハッキリ出るようコバルト分が多いと思われる今出来の高性能のゴスを使っている。
どんな呉須を使っても、瞬時に水分を吸う素焼き素地に絵を描くのはちょっと慣れの必要なものである。

IMG_3755.jpg

日本画の面相筆。ちょっと高いけれどなかなか先が減らない。日本画家であった母の死後の影響。
IMG_3756.jpg


少し前の大浅鉢。このあと透明釉を掛けて1280度ほどで還元焼成して出来上がり。
外、内の絵付けに3週間もかかってしまった。
IMG_3750.jpg
外側細部。
IMG_3747.jpg





テーマ : 音楽
ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag:音楽  Trackback:0 comment:6 

プロフィール

ぎんよう

Author:ぎんよう
彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

月別アーカイブ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
ブログ内検索
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる