団地

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子供の団地集会場でのジャズダンス教室の送り迎えをしに取手市内の団地に行って驚いたのだが、住民の方には大変失礼なのであるが、自分の目というか頭が変なのかもしれないが、何棟もある立派な団地がどうも古代遺跡的文化財的、と言うか矛盾するが近代化遺産じみて見えるのだ。
我々昭和30年代生まれで、田舎の適当な木造平屋で育ったものにとって、団地は一種の憧れであったのだが、最早団地の生活がハイカラとは言えず、一人暮らしの老人も多くなっているという2009年8月の団地は、未だ丁寧に管理されていてきれいではあるのだが、どうも自分が長い間抱いてきた団地のイメージとひどく違うのだ。

一棟は一棟は、ヌーッと大きいには大きいのだが巨大とも言えない大きさで、古代の寺院建築を一回りぐらい大きくしたぐらいのイメージだが、大げさに言えば香港の九龍城塞をシンプルにして小さくしたような、あるいは同潤会アパートっぽいオーラなのである。
支離滅裂であるが、インドの仏教遺跡みたいなところもあって、スバル360が似合うのである。

コンクリートの中、狭い折り返しの多い階段をぐるぐる上がってペイントされた重い鉄の扉を開けて中にはいる感覚も良く知っているのだが、高校生のころ、近くの団地住まいの非常勤の女性数学教師に生徒達が徒党をくんで執拗に「定理を証明しろ」と迫り授業に来なくなってしまったので、同級生二人(そのうちの一人が我が家の内装を設計してくれたY氏)と団地のお宅まで謝りにだか慰問だか表敬だかそんな感じで行ったことがあった事をふと思い出してしまった。
その結果めでたく授業再開、小生の数学成績上昇、美術展の情報を教えに電話(電話はアーティストであった母親の神経を逆なでしたようであった。)をかけてくれたり自分は割と嬉しかったのだが、後にあの時の先生より多分年長になって、短大で非常勤で教えるようになった私は、嘱託の身の教室での孤独感を痛いほど味わい、先生の事を思い出し気持ちがよく分かる気がしたものである。
とにかく懐いてくる子が可愛くなってしまうのである。

そう言えば、これは、ペロッと忘れていて最近友人に言われて驚いたのだが、自分も化学の授業中、先生に「自分は彫刻家になるのに化学は必要ない」と駄々をこねて授業を延々とストップしたことがあったらしいが、今、彫刻家ではなくて焼き物屋になって釉の本に化学式がいっぱい出てきて苦しんでいるのはその時の因果と言うか罰だな。
話が脱線してしまった。


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娘が待っているコンクリート建物、コンクリートのタイル敷きの集会場入り口はかつて、多分10代のころにこんなところを泥酔して走りまわっていたなと言う既視感があったが、実に奇妙な気持になった。


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集会場のすぐ近くには、若い美術家向けのアトリエに空き店舗が転用されている。
かつては、団地の住民向けのショッピングモールとしてにぎわっていたのであろう。
子供のころ、千葉のぼろい一軒家すまいの自分が父親の自転車のうしろに乗っで近所の団地のショッピングセンターに行くのは何か華やいだ上品な感じがして好きだった。
毎回そこで、瓶詰めのヨウグルトを一瓶食わしてもらったのが実に美味かった。

寂れて家賃の下がったところに、その風情を愛でる意味もあってアーティストが好んで住むのは良くあることだが、ここは美術家の住処に顕著な汚さ、雑然としたところが全くない。
アトリエと言うには随分ときれいに整えてデザインされている上に、多分、厳しく周囲に迷惑をかけないよう教え込まれているのだろう、市役所、芸大が絡んでの企画である。
それにしても、たまたまかもしれないが、小生が行った2回には作業を盛んにしているようには見えなかった。
現代美術は作業より構想・思索が大事と言うこと?
いや、現代美術じゃ食えないからアルバイトで忙しいと言うことがあるのだろうな。

http://www.inoav.org/

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また、取手市内に誘致した芸大、役所、地元大企業肝いりの巨大現代美術団体TAPの事務所もある。
今年の秋も、市内のアーティスト達のアトリエを公開する、オープンスタジオ(隔年実施)という企画がある。私も一応参加する。
4年ほど前の回に参加したことがあるが、若い及び若くない美術好きの気の良いおねーさん達が気を使って一生懸命世話してくれるのは楽しいし、何だか立派な企画に参加したたなという感じは正直ちょっと嬉しかった。
自分のワガママな作風とそもそも美術がそんなに結構なものであってたまるかというマイナー根性、この不景気では、画期的なことは全く期待できないのだが。。。

http://www.toride-ap.gr.jp/

ちなみに、もう、10月末の開催に向けてパンフレット作り始めているようだが、そこに先日送った小生の自己紹介文は
「彫刻や絵画で長く血を吐く思いで追求してきたことが、数年前に作りはじめた食器(磁器)の意匠の中での方が、かえって実現しやすい。
使用により壊れてしまうかもしれないのであるが、それは悲しくも清々(すがすが)しいことと思いたい。」である。

10月にはどうぞ皆様取手のアトリエ巡りにおいで下さい。
精一杯歓迎します。

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彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

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