高校卒業程度の古文読解力で大福光寺本方丈記を読んだ。

ユク河ノナカレハタエスシテシカモヽトノ水ニアラス
ヨトミニウカフウタカタハカツキエカツムスヒテヒサシク
トヽマリタルタメシナシ世中ニアル人ト栖ト又カクノ
コトシタマシキノミヤコノウチニ棟ヲナラヘイラカヲ
アラソヘルタカキ■ヤシキ人ノスマヒハ世々ヲヘテ
ツキセヌ物ナレト是ヲマコトカト尋レハ昔シアリシ
家ハマレナリ或ハコソヤケテコトシツクレリ或ハ大
家ホロヒテ小家トナルスム人モ是ニ同シトコロモカハラ
ス人モヲホカレトイニシヘ見シ人ハ二三十人カ中ニワツ
カニヒトリフタリナリ朝ニ死ニ夕ニ生ルヽナラヒ■■
水ノアハニソ似リケル不知ウマレ死ル人イツカタヨリ
キタリテイツカタヘカ去ル又不知カリノヤトリタカ
為ニカ心ヲナヤマシナニヽヨリテカ目ヲヨロコハシムル
ソノアルシトスミカト無常ヲアラソフサマイハヽアサカ
ホノ露ニコトナラス或ハ露ヲチテ花ノコレリノコル
トイヘトモアサ日ニカレヌ或ハ花シホミテ露ナヲキ
エスキエストイヘトモ夕ヲマツ事ナシ
ftp://ftp.matsusaka-u.ac.jp/pub/etexts/houjou.txtヨリ)

ユク河ノナガレハ、絶エズシテ、シカモモトノ水ニアラズ。
澱ニウカブウタカタハ、カツ消エカツ結ビテ、ヒサシク留マルタメシナシ。
世ノ中ニアル人ト栖ト、又カクノゴトシ。
タマシキノ都ノウチニ棟ヲナラベ甍ヲアラソヘル、貴キ賤シキ人ノ住マヒハ、世ヨヲ経テ尽キセヌ物ナレド、是ヲマコトカト尋レバ、昔アリシ家ハマレナリ。或ハ去年焼ケテ今年作レリ。或ハ大家ホロビテ小家トナル。
スム人モ是ニ同ジ。トコロモ変ラズ人モ多カレド、イニシヘ見シ人ハ、二三十人ガ中ニワヅカニ一人・二人ナリ。
朝ニ死ニ夕ニ生ルルナラヒ、タダ水ノ泡ニゾ似タリケル。不知、生マレ死ル人、イヅカタヨリ来リテ、イヅカタヘカ去ル。又、不知、仮ノヤドリ、誰ガ為ニカ心ヲナヤマシ、何ニヨリテカ目ヲ悦バシムル。
ソノ主ト栖ト無常ヲアラソフサマ、イハバ朝顔ノ露ニコトナラズ。或ハ露落チテ花残レリ、残ルトイヘドモ朝日ニ枯レヌ。或ハ花シボミテ露ナヲ消エズ、消エズトイヘドモ夕ヲ待ツ事ナシ。
(岩浪、新日本古典文学大系ヨリ)



一番上は、大福光寺本という最古の写本による、方丈記です。
句読点も濁点もなく、古体の字だけは現行のものに変えてはあるようです。
カタカナな表記でもあり、非常に読みづらいのですが、小生は最近この本に句読点、濁点をつけるなど多少読みやすくして、注釈を施した岩浪新日本古典文学大系の本で読みました。(2番目に引用した物)


カタカナだらけの釘をまき散らした感じの字面ですが、このトゲトゲした感じも、パンクというか、親鸞、日蓮が吼え、地震、火災、政変、飢饉がうち続いた中世の悲惨にふさわしい感じもして、慣れると良くなりました。(漢文読み下し風?)
以前、ざっと読んだとき(兼良本?平仮名)は、サラサラと諸行無常を歌う、隠棲の賢人の美文であって、なんか、自分には縁がないタイプの古典と決めつけていたのですが、今回、注釈も含めて、短い事もあって数度、自分(高校卒業程度の古文読解力です)なりに精読してみると、やはり、感銘を受けました。
どんな、感銘かはどう書いても違うような気がしてしまうのですが、なにか、日本だったり、中国だったり、仏だったり、人間だったり、いろんなものがゴタゴタと絡み合い、こすれあい、ギシギシと軋むようなところが、根底に有っての表現のような気がします。
平安から鎌倉にかけての物凄い絵画の傑作群に通じる、と言うが一番正確な気もします。
一見小さいけど、とんでもなくでかい、汚くて美しいとびきりの美術品達です。

以下上げておきます。
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(すみません、コメントいただいてから改訂してしまいました。)

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田んぼのアルバムー梅雨の晴れ間ー

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大分、稲がのびた。
梅雨の晴れ間の、4時半頃、まだかなり日差しが厳しくて、熱かった。
湿気か白くかすんで、向こうの集落が蜃気楼みたいだ。
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下の写真の手前のコンクリートのオブジェクトは、古くて大きな防火用水である。
向こうは、霊園である。かなりキレイに今風な経営である。
しかし、どういう訳か、白御影の石仏がお好きで、今出来の像高が3mちかくあるような立像が沢山おいてある。(写真には写っていない)
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田んぼをゴルフの練習場にしているところもある。それでも、田んぼに島のようにあったお社は残してある。グリーンはモグラが顔を出した後がそこにもここにもで、管理が大変そうだ。
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田んぼの縁の集落にある大きな木。楢だと思うんですが。。。
まだ、季節的に早いようだが、子供の頃はこの木の樹液に来るクワガタを追いかけ回した。
子供なので登れず、上の方に見える大きなクワガタが見えるのに手が届かない悔しさを今でも覚えている。
石をぶつけて落とそうとして何回投げても当たらず、泣く泣く諦めたこと。
今は、楢の木の灰を下石の組合から購入して、長石を混ぜて釉にしています。
ごくわずかな種類の灰しか知らないのですが、気に入っています。
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家内のコンサート、PCの修理

女房のコンサート終わりました。
ご来場の皆様ありがとうございました。

本番何日か前に、ついに銀の風邪に感染し全く吹けない日もあって、さすがに普段の銀くらいはカンジワルくなりました。
家事全般と、録音、録画の準備が物凄く大変だった小生なのに、本番の日は「おい、乳バンドのヒモが見えとるぞ」等のチェックや、肩に力が入っているように見えてクビを揉み揉みしてさし上げようとしてもうるさがられていました。
非常に疲れましたが、演奏は何とか力を出し切れたように見えてホッとしています。
初めの方は、いつも絶対に失敗しないところでヨロッとしたり結構緊張していたようでしたが、後半は安定していました。
一夜明けた今日は、「風邪ひいて、却って集中力が増して良かった。」などと、涼しい顔でのたまわっております。

かあちゃんがドンドン稼いでくれれば主夫になるのもやぶさかではないと常々思ってますが、それも結構大変だなと痛感したた一週間でありました。
要するに、主婦は大変だと言うことなんですよね(笑)



ところで、録音は、デスクトップのPCを持って行き、PAアンプを無理矢理いわゆるオーディオインターフェースにして行いました。PAアンプは、ファンが入っているらしく、結構、音がして、ヒヤヒヤしました。
リハーサルをとった段階で分かったのですが、ガレージバンドは33分しか録音できません。
そこで至急、電話を借りてサポセンに聞いたのですが、生録でも999小節分だけしか出来ないそうで、長くするにはテンポを落として一拍を長く設定すればよいというのを、直前にやっと理解しました。


デスクトップのPCの輸送は大変なのですが、折しもモニター画面にタテ方向に青と黄色の線が3本出現して修理を依頼しており、集荷のための箱がアップルさんから送られて来ていたので、それに入れて運んだので楽でした。
ということで、音源の編集とバックアップを2~3日したらば、このiMacを修理に送るので、2週間ほど書けません。
皆様、取手地方は風邪が非常に大変で音楽家の方も高熱をおしてブラームスという方がいます。
風邪など召さぬようご自愛の程を。
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Tag:鈴木祐子  Trackback:0 comment:6 

高校生程度の読解力で、大福光寺本方丈記を読む。2

又、同ジコロトカヨ。ヲビタタシク大地震振ルコト侍リキ。
ソノサマ世ノ常ナラズ。山ハクヅレテ河ヲウヅミ、海ハカタブキテ陸地ヲヒタセリ。
土サケテ水湧キ出デ、巌ワレテ谷ニマロビ入ル。
ナギサ漕グ船ハ波ニタダヨヒ、道ユク馬ハ足ノ立チドコロヲマドワス。
都ノホトリニハ、在在、所所、堂舎、塔廟ヒトツトシテ全カラズ。或ハクヅレ、或ハ倒レヌ。
塵・灰立チノボリテ、サカリナル煙ノ如シ。
地ノウゴキ家ノヤブルル音、雷ニコトナラズ。
家ノ内二居レバ、忽チニ拉ゲナントス。ハシリ出ヅレバ、地破レ裂ク。
翼ナケレバ空ヲモ飛ブベカラズ。龍ナラバヤ雲ニモ乗ラム。
恐レノナカニ恐ルベカリケルハ、只地震ナリケリトコソ覚エ侍シカ。
カクオビタタシク振ル事ハ止ミニシカドモ、ソノ余波、暫シハ絶エズ。世ノ常驚クホドノ地震、二三十度振ラヌ日ハナシ。
十日廿日過ギニシカバ、ヤウヤウ間遠ニナリテ、或ハ四五度、二三度、若ハ一日マゼ、二三日ニ一度ナド、ヲホカタソノ余波三月バカリヤ侍リケム。
四大種ノナカニ水・火・風ハツネニ害ヲナセド、大地ニイタリテハ殊ナル変ヲナサズ。昔、斉衡ノコロトカ、大地震振リテ、東大寺ノ仏ノミグシ落チナド、イミジキ事ドモハベリケレド、ナヲコノタビニハ及カズドゾ。
スナハチ、人皆アヂキナキ事ヲ述ベテ、イササカ心ノ濁リモ薄ラグト見エシカド、月日カサナリ年経ニシノチハ、事ハニカケテ言ヒ出ヅル人ダニナシ。

また、同じ頃かと思いますよ。大変大きな地震がございました。
その様子は、この世の物とは思えませんでした。山は崩れて、河を埋めて、海は傾いて、陸を浸しました。
地面は裂けて、水がわき出し、大きな岩は割れて、谷に転がり込みました。
渚を漕ぎ行く船は波に漂い、道を行く馬はどこに足をついて良いか分からないようでした。
都のあたりでは、どこにいっても、お堂や塔が一つとして、無傷のものはありませんでした。
ある物は、崩れ、ある物は倒れました。
塵、灰がもうもうと立ち、盛んに昇る煙のようでした。
地面が動き、家の壊れる音は、雷のようでした。
家の中におれば、あっというまに潰れてしまうでしょう。かといって、外に飛び出せば、地面が破れてさけています。
翼もないので、空も飛べない。龍だったら、雲にも乗ることも出来ましょうけれど。。
恐ろしい物のなかでも、もっとも恐るべきは、ホントに地震だとつくづく思いました。
このように激しく揺れるのは止まりましたが、その余震は、しばらくはなくなりませんでした。
世の中の人が、普通に驚くほどの地震が2~30度ない日は有りませんでした。
10日、20日すぎた頃、だんだん間が空くようになり、ある日は4~5度、ある日は2~3度、あるいは一日おいて、あるいは2~3日に一度になって、余震は3ヶ月もありましたでしょうか。
水、火、風、地の4大種のなかで、水は水害、火は火災、風は台風というような害がありますが、大地は特別の変化をしない物でした。昔、斉衡のころだったでしょうか、大地震があって、東大寺の大仏の頭が落ちてしまうというようなとんでもない事ばかりがありましたが、今回には及びません。
それで、みな、理不尽であることを語って、幾らか心につもった鬱積も晴れるようでしたが、月日が経ち年も経た後には、言葉に出して言い出す人さえいなくなりました。
(訳は、銀ですので信用しないでください。特に最後の1行。)

地震についての記述です。


望遠鏡を逆さに覗いたように小さい小さい世界のような。それでいて凄くでかいような。
神話っぽい感じもして、、、
架空の場所のような感じもします。
が、東大寺の大仏の頭が地震で落ちた話で、リアルな日本だと思い出します。

唐突に恐縮なのですが、どうも「山ハクヅレテ河ヲウヅミ」の河は自分の中では左から右に流れています。
太平洋側の川が西から東に日本地図上で左から右に流れているからでしょうか、、、、漢文の匂いがして、同じく世界地図上で左から右に流れる中国の河を思い起こさせるから?よく分かりません。それとも、パソコンの横書きが左から右へだから?
ちなみに、方丈記冒頭の「ユク河ノナカレハタエスシテシカモヽトノ水ニアラス」の河は右から流れています。こっちは、日常にみる身近な川をイメージしている?
小生は、利根川の右岸に住んでいるので、利根川は右から左に流れています。。。。。
訳の分からないことをいって失礼しました。


諸行無常なんですが、決してすんなりとは流れないんですね。大変な事がいっぱいあって、それぞれにホントに大変なんですね。
それでいてやっぱり、「ゆく河の流れは絶えずして」とドンドン移ろってしまうんですね。
一筋縄ではいきません。
当たり前ですね。
古典とはそう言うものなのかもしれません。


水、火、風、地の四大種のなかで、変化しないのが、地であるところ地面が動いてしまった、と言うような記述がありましたが、地面が動きそうな絵があります。
下の、方丈記と同じ頃に描かれたという、山越阿弥陀来迎図です。
菩薩の乗る雲と同じくらい山も頼りないというか、グニョグニョ動きそうですね。
方丈記の山より、すんなり動いてしまう気もしないでもないです。

国宝「山越阿弥陀図」
禅林寺  絹本着色 平安時代末期~鎌倉時代 12~13世紀
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高校生程度の古文読解力で井原西鶴「好色一代女」を読んだ。

 をかしや、愚かなる世間の人、「はや、子ばかり8人おろせしに」と、心には恥ずかはしく、おそばちかく勤めしうちに、夜毎に、奥さまのたはぶれ、殊更、旦那は性悪、誰しのぶともなくに、枕屏風あらけなく、戸障子のうごくにこらへかねて、用もなく自由に起きて、勝手みれども、男ぎれのないこそ、うたてけれ。
 広敷の片隅に、お家久しき親仁、肴入れの番のために、独りうづくまひてふしける。「これになりとも、思ひ出させん」と、覚えて胴骨の中程を踏み越ゆれば、「南無阿弥陀ゝ」と申して、「火ともしてあるに、年寄りを迷惑」といふ。「けがに、踏みしが、堪忍ならずば、どうなりともしやれ、科はこの足」と、親仁がふところへさし込めば、「これは」とびくりして身をすくめ、「なむ観世音、この難すくはせ給へ」と口ばやにいふにぞ、「この恋、埒はあかず」と、横づらをくはして、身をもだえてかへり、夜の明くるを待ちかねける。
(小学館、日本古典文学全集井原西鶴集1より)

おかしいのは世間のお馬鹿なお人たち、「もうすでに8人も堕ろしたのに」と心の中では恥ずかしくは思いながらも、おそば近く勤めておりましたが、夜ごとに奥様のおたわむれ、ことに旦那様はたちが悪く、誰はばかることもなく枕屏風をガタガタさせ戸障子まで動くのに我慢ができず、ひまなので起き出して、台所のほうをを見わたしましたが、男の端くれもないのが、残念でございました。
板敷きの登り口の片隅に、この家に久しく使われているオヤジが、肴入れの番のために、独りうずくまって寝ております。「せめて、このオヤジにでも良い思い出を作ってさしあげようか」と思ってわざとあばら骨の中程を踏んで跨いでみると、「ナムマイダ、ナムマイダ」と申して「火をともしてあるのに、この年寄りに迷惑なことを」という。「間違って踏んでしまいましたが、堪忍してくださらなければ、どうにでもしておくれ。科はこの足にある」と、オヤジのふところへ足をさし込むと、「コッ、コッ、これは」とビクッとして身をすくめて「南無観世音様、この災難からお助けを」と早口でいうので、「とても、この恋はラチがあかないわ」とオヤジの横っ面を張り飛ばしてから、悶々と自分の寝床にもどって夜明けを待ちかねた。

(現代語訳は、小学館の古典文学全集の訳、注を参考に銀がしたので、信用しないでください)


井原西鶴の後期の作品、好色一代女を読みました。
上に上げたのは、うぶなふりをして呉服屋に腰元として奉公にでた主人公(名前がない、ちなみに一代女とは子孫を残さない一代限りという意味ということです。)が、欲求不満に悶々とする様です。淫乱女のガッと動く様が凄いです。
この後、旦那様を誘惑してゲットします。


郭特有の言い回しや、時代が下って中古の文法が崩れてしまっていること、服飾の詳しい記述が自分にはまるで分からないことなどで、非常に分かりづらく、読んだというか、小学館の古典文学全集の3段組の上段の語釈、中段の原文、下段の現代語訳を隅から隅まで目を通したと言うことです。

好色一代女に関しては一応最終章に全編を収斂するような要素はありますが(冒頭の、隠棲する女のもとを訪れる二人の男をつけてその話を立ち聞きする章とともに言わば絵の額縁のようになっている)、内容的に平板というか、、小説的に構成されているわけではなく(昔、好色五人女を呼んだときはストーリーに面白さがあった記憶があります、八百やお七等。)、細かいエピソードを多数適当に並列しただけという印象がありましたが、どういう訳か最後まで投げ出さないで読んでしまいました。
まず、最近いろいろ大変で逃避しているということかもしれません。
それに、パソコンどっぷりに暮らしていると、古文は清々しいです。

しかし、ちょっと読むのに苦労はしましたが、少し意味が分かると、なにか、不思議によく分かってしまうのですね。
日本人だか、日本語を理解する人だか、日本列島に住む人間だかよく考えると曖昧なのですが、そのあたりの人なら誰でも生まれつき分かってしまうのじゃないか。田んぼと同じくらいは。。。。
そして「好色一代女」を読むと日本人が、昔からとってもスケベな人々だったように思えてくる。。
しかし、スケベで下世話なのに、とってもキレイ。配色が明るいのです。
絵で言うと、単純な話ですが、歌麿です。
西鶴の生涯は歌麿より前で、菱川師宣の頃みたいですが、「好色一代女」は師宣よりもリアルで湿っている感じがしました。
もっと直接的に例えて言うと、陰毛がジャリッと生えているのです。
そんなに、露骨な表現があるわけでもないのですが。
(歌麿よりは少し古雅な感じかもしれません。
歌麿と師宣の間くらいの感じかもしれません。余談ですが、久しぶりに歌麿の枕絵をみてみたのですが、日本のエロサイトの陰毛好きは、今に始まったことではない事を再確認しました。)

作品としては、先に並列的と言うことを述べましたが、コラージュみたいというか、構造のしっかりした物が出来なくなってしまう中でがんばる、というような切実さがあるのかもしれません。しっかりと普通に上手な歌麿とはその点は違うでしょう。
この作品は、西鶴の真筆ではないという説もあるようです。
グダグダ書くと、また自分の作品の言い訳になってくるので、このあたりで失礼します。


以下歌麿
utamakura01.jpg

000000010.jpg


以下は、菱川師宣
images.jpeg



後記

ちゅうさんからのコメントの返答を書いていて気づいたのですが、上のタコが絡んでいるのは北斎のようでした。失礼いたしました。訂正させていただきます。
で、小生のイメージしていた歌麿の画像をなんとかみつけましたので、ここにアップいたします。(7月19日記)



歌満くら
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画本虫撰(えほんむしえらみ)
うたまろ041
歌満くら
IMG_0093.jpg
画本虫撰(えほんむしえらみ)
うたまろ041 のコピー






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ぎんよう

Author:ぎんよう
彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

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