彫刻家が陶磁器を作ると言うこと

長い間、彫刻家、画家として頑張ってきました。30年近くです。
なぜ、器を作るようになったのかといいますと、はっきり自分でわかるわけではありません。
長く勤めた短大に15KWほどの電気窯があり、保育士の養成課程に陶芸を入れるため、陶芸教室に通って自分で器を作ったらとっても楽しかったことが、直接のきっかけではあります。保育士志望の娘さん達はとっても可愛くて彼女たちのためにはかなりの無理を無理と思いませんでした。
また、彫刻が、作るのに時間がかかるので単価がどうしても高くなりほとんど売れない世の中になったこともあります。
自分は、ある高名な木彫家の一人息子ですが、幼い頃から巨匠のもとで見てきた美術をやり続けるのみの生活に父の非業の死をきっかけに耐えられなくなったと言うこともあります。
絵や彫刻に関しては、最高の作品のなんたるかをやはり普通の彫刻家よりは知っているようであり(自分が優秀であるという事ではありません。知っていると言うこととそういう作品を作れると言うことははっきりと違うことであることは痛いほどわかっています)、それは作るうえで実に楽しくないことです。
とりあえず今は、彫刻家として、画家として考えたことをほとんどすべて、器に表現できること、それを数千円で売ってしまうことが、なかなか新鮮で今は喜んでいます。彫刻や絵は、良くも悪くも大がかりで高価で、世の中に仰ぎ見られる存在であること(敬遠される?)が多いのが辛くよっぽど注意しないと鼻持ちならなくなります。心血を注いだ作品を安く人手に渡してしまうことに、一抹の寂しさがないこともないですが、清々しいです。
また、陶磁器についてほとんど何も知らなかったもので、色々な人に質問し、意見を聞きそのたびに自分がこころをうごかすためでしょう、彫刻だけを作り続けていた時代より遙かに色々な方と深いお付き合いが出来るようになりました。彫刻についてはあるいは、傲慢で世間知らずであったと言うことかもしれませんが、人にきく必要を始めた頃からほとんど感じませんでした。おまけに屈折してストレートとは言えない作品を作っていましたから非常に孤立した存在でした。
よく分からない世界のなんと自由で美しいことよ。
彫刻家としてのHPは
彫刻家画家鈴木厚の世界
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テーマ : 陶芸
ジャンル : 学問・文化・芸術

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村田町蔵の陶器市

宮城県の村田町の蔵の陶器市に参加してまいりました。
ものすごく疲れましたが、値段を安く設定したこともあって予想よりは数が出て楽しかったです。
中でも、去年買って下さった方が、再び買って下さったのがとても嬉しかったです。
とともに、今年お渡しした作品に気付かなかったキズがあったりしたらば、どうしようと心配になったりもします。

技術的には、今回は釉薬の配合で灰の割合を多少減らし長石の銘柄を色々変えて藁灰を入れたりもしました。流れることをおそれ風格を求めたのですが、ちょっぴり深みが増、安定したかとは思うものの、青磁の表面のレリーフに苦労して表現した息づかいのようなものが多少隠れたかなとも思います。陶芸家の先輩諸氏は歩留まりの良いクスリを「けちくさい」とも言っておりました。激しく反応する釉薬の若々しい魅力を思い出しました。一番下が今回の青磁です。
下から2番目の染め付けも小生の今回の作品です。藁灰は入れてませんが木灰と陶石と長石の組み合わせで、マットで多少失透、ゴスは微妙ににじんでいます。前回の窯(去年の陶器市ではなく今年の春)では、長石を使わず灰をもう少し多く配合していましたが、完全にゴスが見えなくなることもあるうえにじみがもっとありました。しかし、そっちのほうが魅力があったというご指摘です。絵付けにかなりの時間がかかっており、小生の場合ひとつとして同じ絵付けのものを作ることをしないので、歩留まりも無視できる問題ではなくよく考えたいと思います。

うえの二枚の写真は、終了後泊めていただいた、元窯鈴木智さんとご子息のジュンくんの作品です。
智さんの作品は、ざっくりとスピード感のあるロクロですが、疾走感の中にいわゆる陶磁器らしからぬ怪奇でリアリティーのあるイメージがほの見えます。中国の古いものに共通するものを感じることがあります。いつもかなわないなと感心いたします。私の陶磁器の師匠です。鈴木智さんの作品はこちらでもご覧になれます。≫≫鈴木智

息子(現在高一)さんの作品は、いわゆる彫刻とは言えない生々しいものですが、こういった生の感覚のある彫刻を作ろうと彫刻を作っていた時代には苦闘していました。しかし、それをプロの彫刻家の作品として受け入れて貰える環境は日本には全くないなと痛感していました。しかし、この作品を見ると、こういった感覚は豊かに表現されることを待って密かに日本に封じ込められているのだなと改めて思います。誰かとてつもない天才が彫刻界に現れることを、期待してやみません。
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大西政太郎氏の本

窯元で修行したわけでもなく、窯業の指導所に通ったわけでもなく大学は彫刻専攻でしたから、自然と陶芸の入門書には大変お世話になりました。
その中で、大西先生の本は、しょっちゅうくりかえしひもとく師匠です。
いずれも理工学社から出版されている、陶芸の釉薬ー理論と調整の実際ー、陶工の技術、陶芸の土と窯焚きの三冊です。
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大西先生の本は、余り化学理論に偏ることなく感覚的に釉の基本がわかるように構成されています。
ぜーゲル式を全くつかわず解説してあり、出ている調合例も多くは2対7対1のように簡潔です。反面化学式をつかわないために記述が長くなってしまっていることはあります。
小生個人としましては、関東に住んでおり、磁器の焼成に関しては、なかなか情報を手に入れづらい面があるのですが、染め付けの磁器の焼成を基本として詳しく解説してあり、特に助かりました(「陶芸の釉薬」にも詳述してあります)
ただ、正直言って自分には「むやみに強還元でなく」と書いてあってもどのくらいかはあんまりよく分からないというのも事実で(一応CO濃度の数字が出ていますが計器がないのでわかりません)、このあたりの微妙な線は失敗して覚えなくてはいけないのかなというところです。今のところ自分としては「強還元ではなく」とはいっても、やはりしかるべき温度帯ではかなり強い還元をかけないと磁器の色が白くならないな、と言う感触があります。
そしてさらに、大西先生の本で特筆したいのは、大勢の職人達からきいた豊富なエピソードの面白さです。
時に、その技法が良く読むと各々矛盾しているように思えることもあるのですが、無名の陶工達がこの島国の山野を駆けめぐり、粘土や灰、石などを求めた姿が目の前に彷彿と致します。
何か自分の中の日本列島のイメージがまた変わった気がいたしました。
この間、村田町の陶器市のあと元窯の師匠に蔵王山を見に連れて行っていただいたのですが、特に陶器のことしか考えられなかった陶器市の3日間の後であったこともあり、大きくて何かユウモラスなところのある山塊に陶工達が走りまわる姿が心をよぎったりしたこともこれらの本の影響かもしれません。蔵王山に陶器の原料が出るかどうかは全然知らないのですが、、、
テーマ : 陶芸
ジャンル : 学問・文化・芸術

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去勢猫の青春

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家のお宅猫(雄)が脱走してなかなか帰ってこないので、探しに行ったところ、妙な鳴き声が、、、、
去勢したというのに、黒虎猫と見つめ合ってニャーゴニャーゴやっていました。
まさかお相手も雄ではないだろうな。
テーマ : ねこ大好き
ジャンル : ペット

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レオナルドの最後の晩餐

レオナルドダビンチの最後の晩餐の修復後の精密な写真が、ウェブ上に公開されています。>>>最後の晩餐
近年のイタリアの、過激な修復はミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の天井、壁画やマザッチオ等あまりに色が鮮やかによみがえり、ちょっと違和感がありますが、(これは、わびさびを愛する日本人だけのものかと思っていたのですが、ポップアートの巨星ジェームス・ローゼンクイストが修復反対の署名運動だかをしているというのを聞いて笑いました。)最後の晩餐の場合、修復前は相当後世の筆が入っていたらしく、違和感があったので、まずは作品本来の輝きを取り戻しているようで、大成功と思いました。ひびの入った古色が修復前よりも顕わになっていると言うことも、ミケランジェロの場合とは反対で、自分には受け入れやすい修復でした。

こんな天才の畢生の仕事に自分の感想など述べるのもおこがましいのですが、モナリサや岩窟の聖母、聖アンナと聖母子といった油彩の傑作群のとてつもない情報量をもった精緻なミクロコスモスといった時代を超越したようなワンアンドオンリーの世界とちがい、修復なった「最後の晩餐」にはレオナルド独自の感覚を持ちつつも、案外に前の時代である15cイタリアルネサンスのマサッチオやピエロデルラフランチェスカのフレスコに直接通じるものを感じました。
特に人物の首の表現などはピエロ、デルラ、フランチェスカのフレスコを思わせるものを感じました。陰影を余りつかわず行う肌の表現は、エドワールマネのオランピアを自分は思い出しますが、色っぽい女性を描いたから現れるというような官能性とは全く違うということではないのですがやはりちょっと違う、何か技法と内容が微妙にずれながらものすごいパワーを作品が持っているときに現れる何か、新しい時代が始まるほんの一瞬の時期に現れる生々しい何かなのですが、自分でも何いっているかよく分からなくなってきたので、このあたりで失礼します。
テーマ : 絵画
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

ぎんよう

Author:ぎんよう
彫刻家でもある鈴木厚が磁器を中心に器を制作しています。

我が家の掃除機の塵の放射性物質
Cs137:641Bq/kg(検出下限39.7)
Cs134:211Bq/kg(検出下限19.3)
Cs合計:852Bq/kg(検出下限58.0)
採取時期:2014/1月~2014/3月

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